第25回 原爆投下(その6)長崎への原爆投下
山で反射された衝撃波
8月9日午前11時過ぎ、長崎原爆の爆発でつくられた「火の玉」の表面から離れた高圧の空気は衝撃波になって広がっていきました。長崎では、広島と違って、山が高く爆心からの距離が近かったため、衝撃波(空気の圧力の強弱が波として伝播するもの)は山による強い影響を受けました。衝撃波が障害物にぶつかると、反射した衝撃波と、障害物に向う衝撃波が重なって圧力は2倍以上になります。2倍以上になるのは、空気の圧力が高まると温度が上昇し、そのために圧力がさらに上がるためです。
長崎の被災地図に示したように、長崎の爆心地の東から南東にかけては金比羅山の山並みがあり、南西方向には稲佐山があり、両方で逆ハの字の形をしています。そのため、長崎の爆心地から南の方向は、圧力が強まった衝撃波が長崎湾に向けて進行したと考えられます。その結果、南方向の家屋の全壊地域は2・5??に及んでいます。さらに爆心地から3??~3・4??の長崎県庁のあった丘は圧力と温度の上昇で火災地域になりました。爆心地から3・3??~3・6??の風頭山の麓の寺町は、風頭山に向かう波と山に反射した波によって衝撃波が強まり、飛び離れた半壊地域になったと考えられます。
広島の被災地図に示したように、広島でも北東方向と北西方向につくられたハの字形の山によって衝撃波が北方方向に強められて、全壊地域や全焼地域が北に向かってやや伸びているのがわかります。
東原爆裁判東京地裁勝利判決
去る3月31日、原爆症認定却下の取消を求めた東数男さんに、東京地裁は完全勝訴の判決を言い渡しました。原爆放射線被曝の影響に関して判決は次のように述べています。
「原子爆弾による被害は未曽有の、他に例を見ない凄惨なものであって、多くの被爆者は、莫大な量の初期放射線を全身に被曝したことに加え、残留放射能を被曝しており、その後も放射線による後障害の不安を抱き続けるという、極めて特異かつ過酷な状況に置かれているものである。そのため、原爆放射線の身体に対する影響の有無を検討、判断するに当たっては、被曝した特定の部位に現れる影響にとどまることなく、身体に対する全体的、総合的な影響を把握し、理解していくことが相当である。」と述べています。厚生省は東さんのC型肝炎はウイルス性だから、10グレイ以上の被曝線量でなければ放射線の影響があったとは認めないとして認定を却下していました。4グレイの線量をあびると半数の人が死亡するので、4グレイを半致死線量と呼んでいます。10グレイでは殆どの人が死んでしまう線量です。厚生省の規準は肝臓だけに放射線を当てる実験結果に基づいていました。判決が、被曝影響の全体的、総合的把握を強調したところは重要です。
残留放射線の影響
東さんの具体的な被曝について東京地裁判決は「原告は、爆心地から約1・3??という至近距離において、‥‥大量の初期放射線に被曝したことはもちろんのこと、その後も救援列車に乗車するまでの間大橋工場の周辺にとどまったことにより、誘導放射線を被曝し続けていたというべきであり、さらに、残留放射線により放射化した土や埃に加え、放射性降下物等の放射性物質が含まれていた可能性もある川の水を大量に飲んでいることから、内部被曝の影響も免れないものと推測される。」と、残留放射線による内部被曝を考慮する必要性を認めています。さらに、「DS86は、放射性降下物についても評価をしているが、限定的な地域のみしか評価しておらず」と残留放射線軽視というDS86の最大の弱点を指摘したことは、現在取り組まれている集団訴訟にとっても大いに力になります。
外部被曝と内部被曝
原爆の初期放射線には、集中したエネルギーを持つガンマ線と、陽子と共に原子核を構成している中性子が問題になります。長崎原爆はプルトニウムの周りに火薬を配置した爆縮式の構造であったため、核分裂の連鎖反応で生成された中性子は、火薬の原子核に衝突してエネルギーを大幅に失って放出されました。そのため、広島原爆と比べて、地上に到達した中性子の割合が少なくなり、ガンマ線の割合が大きくなりました。東さんの被爆距離では、数十兆個のガンマ線の波の塊である光子が、身体の外部から身体を貫いて内臓や器官に達しました。これを外部被曝といいます。体を作っている細胞の数はおよそ70兆個といわれますから、殆どの細胞をガンマ線が貫いていることになります。
これに対し、放射性降下物や中性子を吸収して誘導放射化された物質から放射される残留放射線は、外部被曝だけでなく、内部被曝の影響が重要です。呼吸や飲食を通じて放射性物質を体内に摂取すると、その物質が排泄されるまで、放射線を出し続けます。
物理的に測定して影響を推定できるのは主に外部被曝の影響で、これに対し内部被曝の影響を推定するのは一般的に困難が伴います。
水溶性か微粒子かの違い
内部被曝については、放射性物質が水や油に溶けやすいかどうかによって、影響のメカニズムに違いが生じます。
水や油に溶けやすい場合には、血液やリンパ液などを通じて身体全体に放射性物質が広がっていきます。その場合、元素の種類によっては特定の臓器や器官に集中して蓄えられるということが起こります。例えばヨードは甲状腺に、放射性の燐やカルシウムの場合は骨髄などに集まってこれらの臓器や器官に障害をもたらします。この場合には、尿などの排泄物に含まれている放射性物質を検出すればどれくらい摂取しているかをある程度推定できます。実際の原爆の例では、長崎の西山地域の黒い雨降下域において、ナトリウム24の測定が行われています。
内部被曝でやっかいなのは、水や油に溶けない性質の放射性微粒子を体内に取り込んだ場合です。大きさが数ミクロン以内ですと鼻毛に引っかからないで肺まで達することができます。これが体内の器官や臓器に沈着した場合は深刻です。微粒子といっても放射性の原子核が数万から数百億個も含まれているときがあり、この微粒子の周辺の細胞は集中して被曝します。DNAなどが切断され、その切断を修復する機能が作用する以前に次の被曝によって切断されると、元通りに修復でいなくなり染色体異常が起こりやすくなります。これが内部被曝を深刻にする理由だと考えられています。こうした放射性微粒子の存在を外から調べることはほとんど不可能です。
「原水協通信」2004年5月号(第723号)掲載