第28回 原爆被害の隠ぺい(3)
厚労省の原爆症認定基準
現在、原爆手帳を持つ被爆者は28万人弱。厚生労働大臣によって原爆症と認定されているのはその0・8%に過ぎません。この数字は、多くの被爆者が59年後の今も被爆の後遺症に苦しんでいる実態をまったく反映していません。それは厚労省の審査会の原爆症認定基準が被爆実態とかけ離れているからです。
被爆者が自分のガンの発症は原爆によると厚生労働大臣に原爆症認定申請をしたとします。厚労省の審査会は『1986年原爆放射線量評価体系(DS86)』に基づいてこの被爆者が被曝した放射線量を求めます。このDS86は、原爆が爆発して1分以内に地上に到達した初期放射線のガンマ線と中性子線の線量を、爆心地からの距離ごとにそれぞれコンピューターで計算しています。中性子線はガンマ線の10倍以上も人体に対する影響が大きいにもかかわらず、審査会はDS86のガンマ線と中性子線の線量を単純に合算しています。DS86は、1分以後に被曝する残留放射線についても推定していますが、かなり部分的な取り扱いで内部被曝の影響は無視しています。
審査会も、残留放射線と内部被曝の影響をほとんど無視して、ガンの種類ごとに「原因確率」を求めます。「原因確率」は、申請被爆者のガンの発症原因の中で、原爆放射線が原因である推定割合です。この「原因確率」が10%未満の場合に審査会は認定申請の却下を大臣に答申しています。「原因確率」は、放射線影響研究所(放影研)が統計学的に求めた疫学調査の結果を用いて計算します。
遠距離被爆者に対する影響
このDS86の線量評価と、これを基礎にして行われた放影研の疫学調査には大きな欠陥があります。
図1は広島の直爆被爆者の脱毛、皮下出血など、急性放射線症状が発症した割合の調査結果から、放射線被曝の影響を推定したものです。図の中で、爆心地から1??~2??にかけて急速に減少しているのは初期放射線量です。1グレイは、放射線から体重1kg当たり1ジュールのエネルギーを吸収する放射線量の単位です。初期放射線による被曝は瞬間的に受ける外部からの被曝です。
初期放射線は爆心地からの距離とともに急速に減少するので、2??から数??にわたって急性放射線症状が発症していることを初期放射線だけでは説明できません。そこで急性症状の発症率の初期放射線による部分を差し引き、放射性降下物による部分を推定すると、放射性降下物の影響は、図の爆心地から1・5??から3??にかけてピークになった斜線をほどこした山の部分となります。爆心地から1・5km以遠では初期放射線を上回る影響を放射性降下物によって受けていることがわかります。
放影研の疫学調査の過ち
放影研の疫学研究では、放射線をあびた被爆者グループが非被爆者グループに比べて、どれだけ多くガンによって死亡したかを統計学的に求めています。この疫学研究では、DS86の初期放射線量に基づいて中性子の影響をガンマ線の10倍として合算したシーベルトという線量当量を用いていますが、線量当量が0・01シーベルトあるいは0・005シーベルト以下と評価された被爆者を非被爆者と見なしています。この0・01シーベルト以下あるいは0・005シーベルト以下の初期放射線による被曝は広島の爆心地から2・5??あるいは2・7??以遠に相当します。この距離では図1に示したように、放射性降下物によって平均して0・6~0・8グレイに相当する被曝影響を受けており、DS86の初期放射線量の60倍~160倍の被曝の影響を受けています。放射性降下物で被曝している人を非被爆者と見なすのは疫学研究の致命的な過ちです。この大きな過ちが、被爆者が原爆放射線による後障害に苦しんできた実態と審査会の基準が大きくかけ離れる原因です。
内部被曝をもたらした放射性微粒子
厚労省の審査会は、放射性降下物による被曝を、広島では爆心地から2・5??~4??の「黒い雨」が強く降った己斐・高須地域のみ0・006~0・02グレイとし、その他の地域では影響なしとしています。しかし、これは雨で流されたりした後の測定結果で、風で運び去られた「黒いすす」や放射性微粒子の影響は含まれていません。
急性症状の発症割合から推定した放射性降下物の影響地域は、「黒い雨」が強く降った地域だけではなく、図1の斜線をほどこした山形のように大きく広がっています。これは、「黒い雨」だけでなく、「黒いすす」や目に見えない放射性微粒子が広範に広がって降下し、これらを、呼吸や飲食によって体内に取り込んだことによる内部被曝の影響が大きかったことを示しています。放射性微粒子が体内に留まると、その微粒子の周辺の細胞は集中して被曝を受け続けて急性症状を発症したと推定されます。こうした内部被曝の影響はガンなどの晩発性障害の発症にもつながります。
入市被爆者の被曝線量
被爆者が、爆心地近くに入ると、誘導放射化された物質から残留放射線をあびます。広島の爆心地から1km以内に、原爆の爆発後何日目に入ったか、その日数とともに急性症状の発症割合は急速に減少します。図2は、その発症割合の調査結果から積算被曝影響を推定したしたものです。積算線量はその地点に入ってからずっと居続けたときに受ける被曝線量です。8月6日に入市した人は約1・5グレイの積算被曝線量に相当する影響、7日後に入った人はその約半分の影響を受けています。図2には、爆心地、爆心地から500m、爆心地から1kmの各地点における積算外部被曝線量を示してあります。8月6日から爆心地に滞在し続けても、外部被曝による積算線量は0・8グレイです。急性症状発症率から推定した積算被曝線量と物理的測定による積算外部被曝線量との大きな違いは、放射性物質を体内に取り込むことによる内部被曝の影響が外部被曝に比して極めて大きいことを示しています。
核被害の隠ぺいを追及して核兵器の廃絶を
こうして、日本政府の被爆者行政の背後には、残留放射線の影響、とくに内部被曝の影響の深刻さを覆い隠すアメリカの核政策と、これに基づいてスタートしたABCC、これを引き継いだ放影研の調査研究があることが明らかになりました。被爆者集団訴訟に勝利することは、内部被曝の深刻さを世界中に知らせるとともに、放射能被害をこれ以上拡大してはならないという、人類の未来への警鐘にもなります。いまアメリカが開発している「小型核兵器」や「地下貫通核兵器」は、広島・長崎原爆の空中爆発と違って、特定の目標物を破壊させるために地表爆発や地下爆発を狙っています。そうなると被害を小さくできるどころか、広島・長崎をはるかに上回って想像を絶する残留放射線による被害をもたらします。
おわりに
原水爆禁止2004年世界大会の成功によって、来年の被爆60周年を、世界的な核兵器廃絶の大きなうねりを創り出す年にする展望が開かれました。
2年半余りにわたった反核ゼミを終わるに当たって、貴重なコメントや激励をお寄せくださった方々にお礼を申し上げるとともに、正念場を迎える反核運動に力をそそぎたいと思います。
―おわり―
「原水協通信」2004年9月号(第727号)掲載