第2回 ミクロの世界への誘い(2)

人工原子核の狙いが核分裂に

第1回は、ミクロの物質の階層構造を見てきましたが、原爆の水爆も原子核のレベルの問題なので、しばらく原子核に焦点を当てます。

原子核をつくる陽子の記号はプロトンのpで、中性子の記号はニュートロンのnで表します。

まず原子番号1番の水素の原子核Hは陽子そのものです。陽子に強い力で中性子が結合すると重陽子Hになります。さらに中性子が2個結合するとトリトンHになります。重陽子の記号はDまたはd、トリトンの記号はTまたはtを使うこともあります。

陽子の数が同じで中性子の数が違う原子核を同位核といいます。重陽子とトリトンは陽子の同位核です。原子核が同位核である原子を同位元素あるいはアイソトープとよびます。

 上図は、水素のアイソトープ、すなわち、陽子、重陽子、トリトンをそれぞれ原子核とする水素原子、重水素原子、三重水素原子を示しています。これらは原子番号が1番、すなわち陽子の数は1個で原子核の周囲を運動する電子の数はどれも1個ですから、電子の数で決まる化学的性質は同じです。

上図にはもう一つの同位核の例としてC(炭素12)、C(炭素13)、C(炭素14)が示されています。

原子番号が大きくなって、陽子の電気的反発力が強くなると、電荷を持たない中性子のほうが結合しやすくなります。

陽子も中性子も、原子核をつくるとき、それぞれ図のようにとびとびで決まったエネルギーのエネルギー準位とよばれる席を占めます。陽子でも中性子でも、同じ席を2つ以上の陽子どうし、あるいは中性子どうしが占めることは許されません。これをパウリの禁制原理とよびます。電子もこの原理に従います。

陽子も中性子もできるだけ低いエネルギーの席を占めようとします。低いいエネルギーの席がすでに詰まっていると、パウリの禁制原理のため高いエネルギーの席に入らざるをえなくなります。 中性子の数が多すぎる原子核では、中性子が陽子に変わった方が低いエネルギーになるので、中性子は弱い力を通して電子と反ニュートリノを放出して陽子に変わります。したがって原子核の原子番号が1つ増えます。これを原子核のベータ崩壊といいます。たとえば図のCの中性子が電子と反ニュートリノを放出して陽子に変わり、陽子が1個増えてNになります。

式で書くと

C→N+e+v

となります。Cはベータ崩壊して電子を放出する原子核(放射性原子核)であることを示しています。

パウリの禁制原理のために原子核は陽子の数と中性子の数がほぼ同数になる傾向が生まれます。ただし、陽子の数が多い原子核では電気的反発力のために中性子の割合が多くなります。

93番以上の原子核は、いったんつくられても、太陽や地球ができてから45億年の間に崩壊して92番以下の原子核になっているので、自然界に存在する原子番号のいちばん大きい元素は92番のウランです。

原子核の構造がわかってきた1930年代になって物理学者は、「神に挑戦して、93番目の原子核を人工的につくってやろう」と世界中で原子核に中性子を衝突させる実験をはじめました。ウランが中性子を吸収すると、ベータ崩壊が起こり、中性子が陽子に変わって93番目の原子核ができるだろうと予想したのです。この予想が外れてウランの核分裂が発見され、原爆がつくられることにつながっていきました。

「原水協通信」2002年5月号(第699号)掲載