ことしの3・1ビキニデーは?

2026年
非核平和の日本に転換しよう

 ことし3月1日は、72回目のビキニデーを迎えます。
 1954年3月1日、アメリカは太平洋のビキニ環礁で通常火薬にして15メガトンの水爆実験「ブラボー」を強行しました。実験は、核軍備競争を原爆から水爆へと変え、膨大な放射能が、操業中の日本のマグロ漁船やマーシャル島民を襲い、日本各地にも放射能雨となって降り注ぎました。
 この事件に、アメリカの占領下で沈黙を強いられてき
た日本の国民は全国で行動に立ち上がり、原水爆禁止を
求める署名は当時の有権者総数の半数を大きく超えて
3200万人分に達しました。
 この国民世論の上に1955年8月、広島で原水爆禁止世界大会が開かれ、原水爆禁止日本協議会(日本原水協)、日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)が結成され、原水爆禁止の声が世界にひろがりました。被爆国日本の国民の声が核軍備競争から核兵器の廃絶へ、世界の流れを変える転機となったのです。
 いま、その流れを大きく発展させる時です。

2026年のポスター


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2026年3•1ビキニデー
パンフレットの活用を

2026パンフ

2025年は全国での草の根のねばりづよい行動で核兵器禁止条約参加の自治体意見書決議を押し上げ、ついに全県で突破!「被爆者とともに」を合言葉に日本被団協、原水禁、原水協での共同署名提出行動は、多くの人を励ますものでした。

2026年も重要な年です。全国的行動の出発点は3・1ビキニデーです。

4月にはNPT再検討会議、8月の原水爆禁止世界大会、11月に禁止条約の第1回再検討会議とつづきます。

世界では核兵器の廃絶と平和のための国際連帯を、日本では戦争する国づくりへの暴走を止め、非核平和のアジア、被爆国日本として核兵器廃絶の先頭に立つ日本へ変えましょう!

このパンフレットを活用し、「核抑止力」論を打ち破り、「非核日本キャンペーンⅡ」をさらにひろめましょう。3・1ビキニデーに集まりましょう。

お申し込みは「お近くの原水協」または「日本原水協」まで


日本原水協はビキニ水爆被災の日である3月1日に毎年開かれる3・1ビキニデー集会を、犠牲者を偲び、被災者支援、核兵器廃絶の決意を新たにする広範な団体・個人の共同の行事として成功させるとともに、日本原水協全国集会を独自行事として開催しています。


被災72年2026年3• 1ビキニデー集会参加のよびかけ

みなさん、私たちは、ビキニ水爆被災から72周年にあたる2026年3月1日、静岡県焼津市で被災72年3・1ビキニデー集会を開催します。集会テーマは以下の通りです。

◇ビキニ水爆実験被災72年、被害の実相解明と被害者全員の救済を
◇核兵器の使用・威嚇反対 核兵器の全面禁止・廃絶を
◇非核三原則見直し反対、核兵器禁止条約に署名・批准する日本の実現を
◇大軍拡反対、くらしと福祉を守れ 憲法を活かした平和の準備を
◇軍事ブロック強化反対、非核平和のアジア・太平洋の実現を

 みなさんが、集会の主旨に賛同し、集会への参加や地域、団体からの代表派遣、集会に成功のための諸行動に加わることを心からよびかけます。

みなさん、1954年3月1日のビキニ水爆実験による被害を契機として全国津々浦々で巻き起こった原水爆禁止の世論と運動は、人類破滅の危機に敢然と立ち向かい、被爆者・核実験被害者とともに世界に原水爆の被害の実相をひろめ、核兵器使用の手を縛ってきました。

世界と日本の平和と安全を守り、核兵器のない世界を実現させるために、原水爆禁止運動がいまほど求められている時はありません。

いまなお世界には12000発以上の核兵器が保有され、「核破局」の瀬戸際と言われる世界の現状が続いています。ロシアはウクライナ侵略で核兵器使用の威嚇を繰り返し、アメリカとイスラエルはイランを武力攻撃するなど、核紛争の脅威を自ら作り出し、トランプ大統領は核実験の再開を表明しました。東アジアでも核対核、軍事対軍事の対立が激化しています。

新たに誕生した高市自維内閣は、「台湾有事は存立危機事態」と軍事介入する立場を公言し、非核三原則の見直しの姿勢を強め、軍事費を激増させ、市民生活を破壊し、緊張を激化させています。

これに対し、世界でも日本でも、国連憲章守れ、核兵器廃絶を、軍事費削って暮らしにと求める様々な動きが生まれています。核兵器禁止条約(TPNW)は、74か国が批准、99か国が署名・加入し、120か国が参加する世界の非核兵器地帯と相まって、核兵器のない世界の流れを広げ、核兵器禁止の規範を強めています。

ヨーロッパ、アメリカで軍備増強、生活破壊、極右排外主義に反対し、分断と格差を乗りこえる草の根の運動、新しい市民の力が政治を動かしています。

日本では、高市自維政権の危険な政治、排外主義を許さず、思想・信条の違い、政党支持の違いを超えて、暮らし、平和、民主主義を擁護・発展させる新しい国民的・民主的共同の動きがはじまっています。日本各地で大軍拡に反対する住民運動がひろがっています。

みなさん、3・1ビキニデー集会は、被爆者など世界の核被害者と共にこうした流れをさらに発展させ、核兵器のない世界と非核平和の日本を実現する運動の飛躍をつくる集会です。

4月27日から始まる第11回核不拡散条約(NPT)再検討会議への国際共同行動(ニューヨーク)の成功をめざします。日本政府に非核三原則を守らせ、核兵器禁止条約の署名・批准させるための広範な共同を築きます。憲法守れ、大軍拡反対、富士への長射程ミサイル配備はじめ全国の軍事要塞化反対の声をひろげます。8月の原水爆禁止2026年世界大会に向け、「非核日本キャンペーンⅡ」、平和行進など草の根の運動を交流します。

核兵器廃絶、非核平和の日本を求めるすべてのみなさん、希望ある未来を求める若い世代のみなさんに、被災72年2026年3・1ビキニデー集会への参加・賛同をよびかけます。

2026年1月

原水爆禁止世界大会実行委員会

被災72年2026年3・1ビキニデー静岡県実行委員会

3・1ビキニデーとは?

 1954年3月1日未明、アメリカは太平洋ビキニ環礁において広島型原爆の約1000倍の威力をもつ水爆実験(ブラボー)をおこないました。この核実験によって、マーシャル諸島の人びとや多くの日本漁船などが被災しました。

 焼津のマグロはえ縄漁船「第五福龍丸」は、アメリカ政府の指定した危険区域外で操業中であったにもかかわらず、“死の灰”を浴び、23人の乗組員全員が急性放射能症にかかり、無線長の久保山愛吉さん(当時40歳)は「原水爆の被害者はわたしを最後にしてほしい」と言い残してその年の9月に亡くなりました。

 この3・1ビキニ事件は、日本国民に大きな衝撃をあたえ、広島・長崎をくりかえさせるなと、全国に原水爆禁止の声がまきおこりました。3千数百万の原水爆禁止署名が集められ、翌55年8月に第1回原水爆禁止世界大会が開催されました。原水爆禁止日本協議会(日本原水協)はその年の9月に結成されました。

 いらい、日本の原水爆禁止運動は、核戦争阻止、核兵器廃絶、被爆者援護・連帯をいっかんしてかかげ、世界諸国民や非核国政府と連帯して、世論と運動をひろげてきました。2021年1月22日には核兵器禁止条約が発行。いまや核兵器廃絶は世界の大きな流れに発展しています。

 3・1ビキニデー集会は、この久保山さんの遺志をひき継ぎ、原水爆禁止運動をになう全国の運動と静岡県の実行委員会が共催してきた伝統ある行事です。ビキニデー集会では、核兵器廃絶を求める署名の推進、被爆者とビキニ水爆実験被災者の連帯・交流を深めます。さらに8月の原水爆禁止世界大会にむけて内外での広範な共同を呼びかける場となるでしょう。