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原水協(原水爆禁止日本協議会)
被爆者との連帯 ビキニデー 平和行進 世界大会

原水爆禁止
世界大会

のべ9000人を超える参加
広範な連帯で世界を動かす

 8月2日から9日まで、「被爆者とともに、核兵器のない平和で公正な世界を―人類と地球の未来のために」をテーマに、原水爆禁止2021年世界大会が開催されました。
 今まで参加が難しかった多彩なゲストをお招きできるのはウエブ開催ならではの魅力。
 核兵器廃絶の流れを協力に押し進める市民社会の運動、国際政治をリードする国連や加盟各国のリーダーから、核兵器のない世界を実現する知恵と豊かな経験の報告を得て、質疑応答も積極的になされました。のべ10,000人を超える参加者が「世界を動かす」決意を固めた大会となりました。
 国際会議・ヒロシマデ−・ナガサキデーの様子とともに、アイルランド・オーストリア・ベトナム・ラオスの国家元首からもメッセージが寄せられています。 ぜひご覧ください。

原水爆禁止世界大会とは

 1945年8月6日、9日-広島・長崎に原爆が投下され、2つの街が一瞬にして、「地獄」に突き落とされました。広島、長崎ではその年のうちに約21万人もの尊い命が奪われました。しかし、原爆を使用したアメリカは、広島・長崎への原爆被害が世界に伝わることを恐れ、厳しい報道管制をおこない、実態は日本国民にも、アメリカ国民をはじめ世界の人びとにも知らされませんでした。

 1954年3月1日、アメリカが太平洋ビキニ環礁でおこなった水爆実験によって日本国民は三度の原水爆による被害を受けました。ビキニ水爆被災事件をきっかけに、広島・長崎の被害、放射能による惨禍を広範な国民が知り、核兵器の廃絶を求める「原水爆禁止署名」が全国でとりくまれ、1年余で当時の有権者の過半数3400万に達しました。

 こうした原水爆禁止を求める大きな国民の声を背景に、1955年8月、広島で第1回原水爆禁止世界大会が、翌56年には、長崎で第2回原水爆禁止世界大会が開かれました。以来毎年、世界の人々と連帯して世界大会が開催されてきました。いまや核兵器廃絶は世界の大きな流れに発展しています。

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