【資料保管庫・軍縮と核政策】
http://www.un.org/apps/news/infocus/sgspeeches/statments_full.asp?statID=351
ニューヨーク
2008年10月24日 東西研究所主催の講演
国連と核兵器のない世界における安全保障
国連事務総長 潘基文(パン・ギムン)
東西研究所のジョン・エドウィン・ムロス会長兼最高経営責任者、
東西研究所のジョージ・ラッセル理事会議長、
キッシンジャー博士
エルバラダイ博士、
ドゥアルテ氏、
国連にみなさんをお迎えでき、たいへん栄誉に思います。東西研究所と同研究所のパートナーのNGOが大量破壊兵器と軍縮についてのこの催しを開催されたことに敬意を表します。
これは、国際平和と安全保障が直面するもっとも重大な課題の一つです。したがって私は、コンセンサスをつくるために東西研究所が時宜にかなった、重要な、新しい地球的イニシアチブをとられたことに感謝いたします。ジョージ・ラッセル、マルッティ・アハティサーリのお二人の指導の下で、東西研究所は、事態を再び動きださせるために私たち一人ひとりに、国際安全保障上の優先課題について再考するよう提起しています。私たちと同じくみなさんもご存知のように、必要なのは単に言葉ではなく、具体的な行動です。みなさんのスローガンに書かれているとおり、みなさんは「シンク・アンド・ドゥ・タンク(頭脳・行動集団 think and do tank)」です。
事務総長としての私の優先課題の一つは、グローバルな利益や国境を越える問題に取り組む対応策を促進することです。核兵器のない世界は、最上位の地球的な公益であり、本日の私の発言の焦点でもあります。私は、主として核兵器についてお話します。核兵器は比類なく危険であり、それを違法化する条約が欠如しているからです。しかし私たちはいっさいの大量破壊兵器が存在しない世界を実現するためにもまた、活動しなければなりません。
この主題についての私の関心の一部は、私の個人的な経験から出ています。私は韓国の出身ですが、私の国は通常戦争による荒廃を体験し、核兵器やその他の大量破壊兵器の脅威にも直面しました。もちろん、そうした脅威は私の国だけが体験したわけではありませんが。
今日、核兵器は、無差別的な効果、環境への影響、地域的地球的な安全保障上への深刻な影響などから、決して再び使われてはならないという見解が世界中で支持されています。一部では、これは核の「タブー」とも呼ばれています。
にもかかわらず、核軍縮・廃絶(訳注1)はなお、現実ではなく単なる願望にとどまっています。このことは私たちに、単にそうした兵器の使用をタブーとするだけで十分なのか、と問いかけることを余儀なくさせています。
この分野で鍵となる決定を下すのは国家です。しかし、国連は果たすべき重要な役割を負っています。私たちは、国家が、みずからの共通の利益に役立つ規準に同意できる中心的なフォーラムを提供します。私たちは、合意された目標を追求するために分析し、教育し、提唱をおこないます。
さらに、私たちは、長きに渡って全面完全軍縮を追求してきたので、いまではそれが国連のアイデンティティーそのものの一部にさえなっています。軍縮と軍備規制は国連憲章にも盛り込まれています。1946年、ロンドンで開かれた国連総会が採択した最初の決議は、「大量破壊に応用できる兵器」の一掃を求めました。これらの目標は歴代の事務総長によって支持されてきました。それらは、何百もの国連総会決議の主題となり、すべての加盟国によって繰り返し、承認されてきました。
それはもっともな理由からです。核兵器は身の毛もよだつ、無差別の被害を生み出します。それは、使われないときでさえ、大きな危険を与えます。事故はいつ、いかなるときでも起こりえます。核兵器の製造は、人々の健康と環境に害を与えかねません。そしてもちろんテロリストが核兵器や核物質を入手するかもしれません。
ほとんどの国家は核の選択肢を放棄し、核不拡散条約の下でみずからの誓約を遵守しています。ですが、一部の国はそうした兵器の保有をステータスシンボルと見ています。一部の国は核兵器が核攻撃への究極的な抑止を提供すると考えています。それが、いまなお26,000発とも見積もられる核兵器が存在する大きな理由です。
不幸なことに、核抑止ドクトリンには感染力があることが証明されています。これが不拡散をさらに困難にしており、そのことがさらに核兵器使用の新たな危険を高めています。世界はひき続き、朝鮮民主主義人民共和国とイランの核活動について懸念しています。これらの問題に平和手段により、対話を通じて立ち向かう努力に広範な支持が存在しています。
気候変動とたたかう努力の強まりのなかで、核エネルギーがクリーンで排気物のない代替物と見なされ、まもなく「核のルネッサンス」が起こるのではないかという懸念も存在します。主な心配は、これが、拡散やテロリストの脅威に対して保護されるべき核物質の増産や使用の拡大につながるということです。
みなさん、
軍縮への障害は膨大です。しかしその代案がはらむコストと危険については、決してふさわしい注意が払われません。ですが、莫大な軍事予算の機会費用(訳注2)を考えてください。際限のない軍事的優位の追求によって費やされる巨大な資源を考えてください。
ストックホルム平和研究所(SIPRI)によれば、昨年の世界の軍事支出は1兆3千億ドルを超えました。10年前、ブルッキングス研究所は、米国一国での核兵器のコストの総額を、今後の汚染除去のコストを含めて5兆8千億ドル以上と見積もった研究を発表しました。どう定義しても、他に多くの生産的用途がありえた巨大な財政的技術的資源が投下されたわけです。
核兵器のそのようなコストと固有の危険についての懸念から、核軍縮の事業に新しい命を吹き込むアイデアが地球的な規模で噴出するに至っています。ハンス・ブリックスの率いる大量破壊兵器委員会、新アジェンダ連合、そしてノルウェーの7カ国イニシアチブなどがあります。オーストラリアと日本は「核不拡散・核軍縮に関する国際委員会」を発足させたばかりです。市民社会の諸グループや核兵器国も提案をおこなっています。
フーバー・プランもあります(訳注3)。私は、本日、その活動の数名の起草者が見えていることを喜びとするものです。キッシンジャー博士、カンペルマン氏です。あなた方のご努力とこの活動に注がれた偉大な知性に感謝いたします。
こうしたイニシアチブはさらに大きな支持に値するものです。経済の分野でも環境の分野でも世界が危機に直面するなか、私たちの地球の脆弱さや地球的な課題に対する地球的な解決の必要性について意識が高まっています。この意識の変化は、国際的な軍縮の課題をふたたび活性化させる助けとなりうるでしょう。
この精神でここに私は5点にわたって提案をおこないます。
第一に、私はすべてのNPT締約国、とりわけ核兵器国に、核軍縮・廃絶にいたる効果的措置についての交渉を行うという条約上の義務を果たすよう求めるものです。
彼らは、別個の、相互に強めあう複数の条約の枠組みに関して合意することでこの目標を追求することができるでしょう。あるいは、長きにわたって国連に提案されてきたような、強力な検証体制に支えられた核兵器(禁止)条約の交渉を検討することもできます。私は、コスタリカとマレーシアの要請を受けて、議論の良い出発点となる条約草案をすべての国連加盟国に配布しました。
核保有国は、世界唯一の多国間軍縮交渉の場であるジュネーブ軍縮会議の場で、積極的にこの問題に関して他の国々と協議を行うべきです。世界はまた、米ロ間の大幅で検証可能な軍備削減をめざす二国間交渉の再開を歓迎するでしょう。
各国政府はまた、検証に関する研究開発にもっと投資をおこなうべきです。検証に関する核兵器国会議を主催するというイギリスの提案は、その方向に向けた具体的な一歩です。
第二に、安保理事会常任理事国は、自国の軍参謀委員会内部などで、核軍縮・廃絶プロセスにおける安全保障問題に関して討論を開始すべきです。非核兵器国に対し、彼らを核兵器の使用あるいは使用威嚇の対象にしないことを、はっきりと保証せねばなりません。安保理事会はまた、核軍縮・廃絶に関するサミットを開催することもできます。NPT非加盟国は自国の核兵器能力を凍結し、自ら軍縮の誓約を行うべきです。
第三のイニシアチブは「法の支配」に関わるものです。核実験と分裂性物質生産に関する一方的モラトリアムは、ある程度までしか進めないでしょう。CTBT(包括的核実験禁止条約)の発効と、軍縮会議が無条件で直ちに分裂性物質生産禁止条約の交渉を開始するためには、新たな努力が必要です。中央アジアとアフリカの非核兵器地帯条約の発効を支持します。核兵器国がこれら非核兵器地帯条約のすべての議定書を批准するようよびかけます。このような地帯を中東に設立しようという努力を強く支持します。そしてすべてのNPT締約国に、IAEA(国際原子力機関)との間に保障措置協定を締結し、追加議定書に定められた強化保障措置を自主的に採用するよう求めます。核燃料サイクルというのはエネルギーあるいは不拡散の問題にとどまらず、その行く末が軍縮の展望を決定付けることにもなるということを忘れてはなりません。
第四の提案は、説明責任と透明性に関するものです。核兵器国はこれらの目標に向かって自国が行っている活動の内容をしばしば広報しますが、ほとんど一般の人々の知るところにはなっていません。私は核兵器国に対し、このような資料を国連事務局に送付し、より幅広く普及するようよびかけます。核保有国はまた、自国の核兵器保有の規模、分裂性物質の貯蔵量、具体的な軍縮の成果に関して発行している情報の量を拡大するべきです。核兵器の全体数について典拠の確かな推定値が存在していないことが、より透明性を高める必要性があることを示しています。
最後に第五の提案として、いくつもの補完的措置が必要です。これには、他の種類の大量破壊兵器の廃絶、大量破壊兵器テロを防止する新たな努力、通常兵器の生産と貿易の制限、ミサイルや宇宙兵器を含む新たな兵器の禁止措置が含まれます。国連総会はまた、「軍縮・不拡散・大量破壊兵器のテロリストによる使用に関する世界サミット」についてのブリックス委員会の勧告を取り上げることもできるでしょう。
大量破壊兵器テロの問題の解決など本当にできるのか、と疑う人もいます。しかし、軍縮において真剣で検証された前進があれば、この脅威を根絶する能力は飛躍的に増大するでしょう。特定種類の兵器の保有そのものについて基本的・世界的なタブーが存在すれば、諸国政府が関連する規制を行うよう奨励することはずっと容易となります。世界でもっとも危険な兵器とその部品を徐々に根絶していけば、大量破壊兵器テロ攻撃を実行することはより困難となります。そして私たちの努力によって、テロの脅威を悪化させている社会的、経済的、文化的、政治的状況にも取り組みを及ぼすことができれば、それに越したことはありません。
みなさん、
1961年、国連の場でケネディ大統領はこう述べました。「テロに休戦を宣言しよう。平和の恵みのあらんことを。平和維持の国際的能力を築くなかで、各国の戦争遂行能力を解体するために力を合わせよう」。
世界平和へのカギは、初めから私たちの力の集合体の中にあるのです。それは国連憲章、そして政治的意思を求める私たち自身の底知れぬ力の中にあります。私が今日おこなった提案は、軍縮についてのみならず、現在の国際平和・安全保障システムを強化するために、新たな一歩を踏み出すことを目指したものです。
この会合にご参加の多くのみなさんがすでにこの偉大な大義のために行ってこられた貢献に対し、みなさん全員に感謝します。軍縮が前進すれば、世界が前進します。だからこそ、軍縮に国連はこれほどまでに強力な支援を行っているのです。そして私は、行く手に控えている死活的に重要な活動に取り組むみなさんに、全面的な支援をお約束するものです。
みなさんの支持にこころから感謝を申し上げます。
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訳注
1、nuclear disarmament: 核軍縮・廃絶と訳した。disarmamentは武装を解除すること。正確には、核軍縮・核廃絶の両方を含む。軍縮を意味するreduction of armament とは別。核不拡散条約6条の公式の訳で、核兵器国は「核軍備の縮小に関する効果的な措置」について交渉義務を負うとされているが、これはnuclear disarmament を不正確に訳したもの。
2、opportunity cost: 機会費用。ある案を採択した場合に放棄される他案から得られたであろう利得の最大のもの。
3、Hoover Plan: シュルツ、キッシンジャー、ペリー、サム・ナン氏ら4氏の提案。
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