核 実 験 の 禁 止
ポール・F・ウォーカー
アメリカフレンズ奉仕委員会機関紙『ピースワーク』
1996年10月号
ポール・F・ウォーカーは、国防問題評論家で、元米下院軍事委員会上級顧問である。
1996年9月24日、第51回国連総会の開会にさいして、クリントン大統領など60数カ国の指導者によって調印された包括的核実験禁止条約(CTBT)は、全米各地そして世界で歓迎されることになった。ピッツバーグでは、子どもたちが『アトミックサイエンティスツ』誌の表紙で有名になった「最後の審判の日の時計」の針を戻し、フィラデルフィアの「自由の鐘」などいくつかの都市では模擬調印式がおこなわれた。また、その他にも多くの都市で、教会が核保有5カ国といくつかの非公然核保有国がおこなってきた51年もの長期にわたる核実験をあらわす51回の打鐘をおこなった。
軍備管理関係者や平和活動家にとって、明らかにこの日は、30数年にわたって中断と再開を繰り返した核実験交渉の頂点をなす、喜ぶべき日であったが、この協定の主要な弱点を検討すべき日でもあった。いまや核保有5カ国を含めて少なくとも世界の三分の一(まもなく、さらに多くの国々が調印するとみられる)が署名したとはいえ、ジュネーブ交渉の最終局面での決裂によって、CTBTが今後予測できる将来、発効されることはまずありえない。
核実験が始まったのは、もちろん、1945年7月16日、いまではすっかり有名になったアラモゴードのトリニティ実験場で最初の実験爆発が行われた時である。その直後、広島と長崎に原爆が投下された。それ以来、イギリス、中国、フランス、ソ連(ロシア)、アメリカ合衆国の核保有5カ国と、さらに1974年核爆発装置を爆発させたインドによって、2046回の爆発がおこなわれた。ほかにも、この5カ国が発表せず、あるいは隠しておこなった爆発や、ほかの国がおこなった検証されていない実験があったかもしれない。
この合計数、あるいは年平均にして40回の世界各地の核実験爆発のうち、50パーセント以上、つまり1030回は、アメリカがおこなったものである。ソ連(ロシア)の実験は715回(全体の35パーセント)、フランスが210回(10パーセント)、イギリスと中国がそれぞれ45回と46回(それぞれ2パーセント)であった。ロシアは1990年10月、一方的に実験を停止し、2年後の1992年9月23日、アメリカがこれに応えた。イギリスは1991年に実験を停止し、フランスと中国は1996年前半までに停止した。この、後者の2カ国が将来にわたり最後の核実験実施国となることが望まれている。
核実験が地下での実験に移ったのは、やっと1960年代はじめになってからであった。1957年、初期の地下実験が開始されるまで、アメリカの核実験は2回を除いてすべてが大気圏内の地表でおこなわれた。アメリカの全実験のうち、215回は大気圏実験で、815回が地下実験である。ロシアとフランスの場合、それぞれ三分の一、イギリスと中国はそれぞれおよそ半数が大気圏実験であった。1963年、米ソ英の3国が調印した部分核停条約は、実験の大部分を地下に追い込んだが、フランスは1974年まで、中国は1980年にいたるまで地上での実験を継続した。
1960年代はじめ、放射性物質ストロンチウム90が子どもたちから検出されていらい、すべての核実験禁止をめざす強力な軍備管理・平和運動がおこった。1963年に核保有国が実験全面禁止の調印をすることができず、皮肉なことにその後、地下での兵器実験が直ちに拡大したことは、冷戦政治の結果であり、核開発のためなんらかの形で実際の爆発実験の継続を求める、核兵器研究機関からの圧力の結果でもあった。
1990年代にはいってそれが変化したのは、冷戦の終えん、軍事費削減の時代において核実験は費用がかかりすぎるという理解、そして特にアメリカにとって重要なことであるが、実験はコンピューターや研究所でのシミュレーションでおこなえるとの認識などによるものである。こうしてジュネーブの軍縮会議の主催のもと、さきの国際交渉が生まれたのである。
この2年あまりの間に期待されていたことは、1996年末までに完全な包括的実験禁止条約が調印され、全面的に発効することであった。1995年に国連でおこなわれた核不拡散条約(NPT)の発効25年再検討・延長会議で核保有国がおこなった明文化された一つの重要な約束は、遅くとも1996年の末までにCTBTを交渉するということであった。
この30カ月の交渉の間、多くの障害が克服された。たとえば中国は、「平和的核爆発(PNE)」は許容されるべきだとかたくなに主張していた。そうした実験は、1950年代から60年代の短期間、運河やトンネルを掘るために検討されたことがあったが、あまりに危険で、多大な費用がかかり、非実際的であると判断された。しかし、中国はこの希望に固執した。他の交渉者たちは、これは核実験継続のためのもう一つの計略ではと疑っていたが、中国政府は最近この抜け穴の除去に同意した。
アメリカは、二つの主要な抜け穴を設けることを任務として実験禁止交渉に入った。ワシントンは当初、どのような実験禁止であっても、限定された時間的幅ないし期限を設けるべきだと主張した。たとえば10年間を期限とし、その後調印国は、ふたたび実験禁止体制にはいる前に休止期間を設けて限定された実験を行う、というものであった。これも同じように、多くの国が最初から見通しのないものとみなしていた案で、提案されてまもなくアメリカ自身によって撤回された。しかしながら、この条約は、なお、「最高の国益のため」には、加盟国が脱退することができるという一節を含んでおり、またフランスは、核保有国が自国の兵器の安全性と信頼性を確保する根本的責任を保持すると言明している。
アメリカによる第二のイニシアチブは、フランスやロシアも同じような提案を出したが、数ポンドから数百ポンド(1ポンドは約453グラム)までの少量の核分裂物質の地下実験を認めるというものであった。そうした少量のものは(時として流体核実験=hydronuclear
testsと呼ばれる)ミニ爆発を生じ、それ自体では軍事兵器として不十分であるが、より大規模なもののシミュレーション実験としての高度なコンピューター測定には十分なものである。非核保有国はこれを、他の国にはこうした「恩恵」をいっさい拒否しながら、技術的に進んだ国には核兵器の実験・開発の継続を許すやり方として見抜いてきた。幸いなことに1995年8月、クリントン大統領は、「爆発威力ゼロ」の核実験という新しい立場を発表し、どのような兵器の実験からも核分裂物質の使用を禁止するうえで先頭に立ち、流体核実験に道を閉ざした。
包括的核実験禁止への道に立ちふさがるもう一つの大きな障害は、検証をめぐる対立であった。一方で、各国が秘密裏に兵器の実験をおこなっていないことを十分な信頼性をもって検証し、他方で、重荷になるほど差し出がましかったり、最悪の場合国家安全保障への脅威になることがないような体制が、はたして可能なのであろうか?
最終合意は、世界で50カ所の地震探知ステーションと120の補助的ステーション、流体音波(水面下)、超音波、放射性核種の測定ステーションなどのネットワークをつくることを考慮している。現地査察は条約の執行委員会の単純多数決によっておこなうことができる。
どのくらいの頻度で条約見直しとその履行のための会議を開くかについて核不拡散条約加盟国がおこなった最近の議論に照らして、交渉者たちは、CTBTの見直しを定期的におこなうべきかどうかを議論した。最終的に合意されたのは、10年ごとの見直しが、CTBTの「運用と有効性を見直」し、「条約の条項が実現されている」ことを確認するうえで役立つであろうということであった。しかし、平和的核爆発という抜け穴を望んでいる中国に屈して、交渉者たちは、「再検討会議は、平和目的の地下核爆発という行為を許す可能性について検討するものとする」とも述べた。
最後の二つの障害は、(条約の)「発効 (EIF)」問題と、この長文の条約の前文をめぐるものであった。どの条約も、その取り決めがどのように、いつ国際法として発効するかについてのみを述べた発効条項を含んでいる。核兵器についての諸条約は、ふつう、核保有5カ国すべてによる批准が必要とされる。化学兵器条約(CWC)は、150カ国により1993年1月に調印されたが、これは、65カ国が批准してから180日後に発効されることになっている。現在64カ国が批准しているが、アメリカとロシアのどちらも批准していないことが目につく。アメリカ上院は、共和党院内総務のトレント・ロットと大統領候補ロバート・ドールのよびかけにより9月中旬、化学兵器条約を上院の審議日程からはずしたが、これは、一つの政党が大統領府と議会の両方を制していないとき、条約の批准がいかに難しいものとなりうるかを示している。これは、CTBTについても起こりうることである。
発効部分についての交渉における各国の立場は、核保有5カ国(P5、あるいは国連常任理事5カ国としても知られている)にのみ批准を求めるものから、P5にインド、イスラエル、パキスタンなどいわゆる「潜在保有国(Threshold
States)」を加えた諸国の批准を提案するもの、さらにはP5、潜在保有国にイラン、イラク、リビアなどの「ならずもの」国家やその他多くの国を加えた化学兵器条約タイプの法式に近いものなど多岐にわたった。結局、CTBT発効のために「軍縮会議」交渉参加諸国、国際原子力機関が発行した「世界の原子炉」の表�Tにあげられた諸国を含む44カ国の批准を要するという、オーストラリアの提案が採用された。これは、常任理事5カ国と潜在保有国に、研究炉、発電用原子炉を持ち、したがって理論的には核兵器開発の能力を持つ国々を加えたものである。
ジュネーブ交渉参加国のインドは、潜在保有国の一つであり、条約へのインドの反対は、正式発効をいつまでも阻むことになりかねない。今年はじめ、インド政府は、期限を切ったすべての核兵器の廃絶への全核保有国による明確な誓約が前文に明記されなければCTBT調印に合意しないことを発表した。インドと非核保有国の大部分は、現核保有国がより大胆な軍縮の諸措置と、より大幅な核兵器削減をおこなうことを長い間求めてきたが、最後の2?3カ月にいたってインドがCTBT交渉を阻んでしまうことは、常任理事5カ国も含めて多くの交渉者を失望させることになった。インドは自国の立場に固執し、ジュネーブ交渉が批准に必要なコンセンサスを達成するのを妨げた。インドの立場を批判する者たちは、インドが、核武装したライバル、つまり中国とパキスタンのことを懸念して、自国の核兵器開発を妨げるようないっさいの選択肢に関して土壇場で考えを変えたのだ、と論じている。
条約の支持者たちは、およそ前例のない行動を起し、オーストラリアが条約案を国連総会に提出するようにお膳立てし、条約案は9月に、総会で圧倒的多数の支持で採択された。インドの反対のために条約はジュネーブでなくニューヨークで調印され、結局、およそ3年にわたって交渉を続けてきたまさにその会議の場を迂回することになった。
クリントン大統領は、条約調印にあたって、「軍備管理の歴史上もっとも長期にわたって追求され、もっともきびしいたたかいをつうじて得られた賞」であると述べてこの条約を賞賛し、「条約が正規に発効する以前にも、ただちに核実験に対する国際的基準をつくりだすであろう」と予言した。彼はまた、暗にインドをさして、批判者たちについても次のように言及した。「(批判者たちは)それが一定の期日を切った全面核軍縮を課していないことを不満としている。彼らに対して私はこう言おう。その目標に向かってわれわれがすでにおこなった巨大な前進を無視することによってこの成果の恩恵を捨て去ってはならない」。
しかしながら、批判者たちはアメリカの「貯蔵管理プログラム(Stockpile
Stewardship Program)」が、核兵器維持のための予算やレーザー融合などの分野での国立研究所のハイテク研究予算の増加を求めていることを指摘している。彼らは、条約が核兵器を「持つ国」
と「持たざる国」との不安定な世界秩序を助長する、と論じている。
包括的核実験禁止条約は、賞賛に値する重要な成果である。実際それは、分裂性の核兵器の実験をなくす国際的基準をつくりだし、条約が発効しようがしまいが、どの国に対しても実験の強行を著しく困難にするであろう。それはまた、いかなる国であれ、新たな核兵器を開発し、あるいはその兵器が実際に使いものになるという信頼性を得ることを、不可能にはしないまでも、著しく困難にする。
核保有5カ国が自国の軍備をさらに削減する合意を達成するうえで前進があれば、インドは、何年かのちに実際に調印するかもしれない。皮肉なことにインドの立場は、核保有国、とりわけアメリカとロシアが、第二次戦略兵器削減条約(START�U)を批准し(米上院は批准したが、ロシア国会は批准していない)、START�V交渉を開始し(戦略兵器のより大幅な削減について、予備的討論がすでにおこなわれている)、さらには核不拡散条約第6条で約束されているように核兵器の廃絶のために誠実な交渉を開始する方向へと向かう圧力を強める可能性をもっている。
CTBTは、喜ぶべき理由ではあるものの、軍備管理・平和運動が、この長期に待望された成果のうえに立って来年のNPTの予備的再検討で核軍縮のさらなる措置を得るために活動するうえで、挑戦ともなっている。われわれの優先課題は、核の貯蔵管理計画をさらに制限させること、ミサイルと核兵器サイロの廃止のための「ナン=ルガー協力・脅威削減プログラム」への引き続く支持、いっさいの核分裂物質の製造禁止、軍縮諸条約の結果貯蔵されてきた米ロの核兵器の破壊などである。ただちに取られるべき次の措置は、米上院によるCTBTの批准であるが、これはなお11月の大統領選挙の結果にかかっている。
包括的核実験禁止条約の付属文書2は、批准せねばならない44カ国として、以下の「軍縮会議構成国であって1996年の同会議の活動に正式に参加し、国際原子力機関が1996年4月に発行した『世界の原子炉』の表�Tに含まれている」44カ国を列挙している。(
r = 研究用原子炉、P = 発電用原子炉)
アルジェリア(r) 朝鮮民主主義人民 日本(r,P) スペイン(r,P)
アルゼンチン(r,P) 共和国(北朝鮮)(r,P) メキシコ(r,P) スウェーデン(r,P)
オーストラリア(r) エジプト(r) オランダ(r,P) スイス(r,P)
オーストリア(r) フィンランド(r,P) ノルウェー(r) トルコ(r)
バングラデシュ(r) フランス(r,P) パキスタン(r,P) ウクライナ(P)
ベルギー(r,P) ドイツ(r,P) ペルー(r) イギリス(r,P)
ブラジル(r,P) ハンガリー(r,P) ポーランド(r) アメリカ(r,P)
ブルガリア(r,P) インド(r,P) ルーマニア(r,P) ベトナム(r)
カナダ(r,P) インドネシア(r) 大韓民国(南朝鮮)(r,P) ザイール(r)
チリ(r) イラン(r) ロシア(r,P)
中国(r,P) イスラエル(r,P) スロバキア(P)
コロンビア(r) イタリア(r,P) 南アフリカ(r,P)
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