5月28日(水) 「稲むらの火」で有名な「広川町」から、醤油の発祥地「湯浅町」への行進です。“地元の人の話”稲むらの火の話、小学校の教科書では「津波を予測した村長が稲の束に火を付け、村人を高台に導いた」は教科書の創作で、津波で沖に流された人に陸地の方向を知らせるために稲束に火を付けたというのが本当とのこと。行進には子ども6人を含め、65人が参加しました。
5月29日(木) 海南市を行進。海南市の近くには和歌の浦があり、山部赤人が万葉集で詠んでいる「若の浦に潮満ち来れば潟をなみ葦辺をさして鶴鳴き渡る」という歌が広く知られています。行進には医療生協の組合員のお子さん1人を加えて60人が行進しました。5年前に通し行進をした時に、わかやま市民生協のリレー行進で一緒だった浜口さんも参加していて懐かしかったです。
5月30日(金) 紀美野町を行進。今までは海沿いの町の行進でしたが、ここからは山沿いの町に入ります。棕櫚(しゅろ)の木の皮(繊維状の)を使って箒木やタワシなどを作っているとか(昔は盛んだったでしょうが)・・・。
5月31日(土) 岩出市、紀の川市を行進。大阪に近いこの町は、ベッドタウンになっているとか。心なしか人も多いです。手を振ると軽く会釈するドライバーも!!
6月2日(月) 橋本市を行進。ここは、日本初の女性金メダリストである前畑秀子さんの出身地。市内を流れる紀の川で泳いでいたとのこと。また。和竿のヘラ竿の産地とか。行進には子どもを含む75人が参加しました。
6月4日(水) かつらぎ町の行進。今日は和歌山で4回目の雨の日。この町は“フルーツ王国”・・・柿、ぶどう、キウイフルーツ、りんご、みかん・・・。行進は雨の中、国道を1本入った、江戸時代に作られた農業用水路に沿って歩きました。集会には子ども5人を含め、45人程度が参加していましたが、行進終了時には30人弱になっていました。雨のためですネ。これで和歌山県内の行進は終了。6月7日に新宮に戻り、8日に三重県の紀宝町で引き継ぎます。
6月8日(日) 三重県紀宝町で引き継ぎ。御浜町、有田町、尾鷲市へ。各自治体では町長、市長、議長さんや代理の方からあいさつを受け、行進。御浜町はこの町の沖で第五福竜丸のエンジンが引き揚げられた場所です。町役場にはその記念碑が置かれています。三重県では3か所で原発建設が計画され、地元の反対運動で2か所は白紙に、1か所は今も中部電力が土地を確保しています。今も原発絶対反対の看板が!!
6月9日(月) 尾鷲市庁舎で出発集会。尾鷲市〜海山支所(紀北町)〜紀北町役場を行進。この地域は以前、原発が造られようとして、2回にわたって反対運動で潰したところとのこと。行進が進むと、玄関や店先に出て手を振る人、車の中から手を振ったり、会釈する人などが多かったです。