世界大会から1ヶ月、北海道各地で開かれている報告会の様子を紹介します。
原爆の恐ろしさ学ぶことできた 札幌・西区
「苦しみ続ける被爆者を応援するため、日本国憲法を広げ、核兵器廃絶を世界中に発信したい」。札幌市西区で9月4日に開かれた原水爆禁止世界大会報告集会で勤医協・友の会の女性が決意を語りました。
札幌西・手稲原水協と勤医協札幌西区病院共闘委員会が共催した集会。勤務を終えた看護師ら70人が参加。「核兵器のない世界を」国際署名を職場や地域に入って、多くの人に訴えようと熱心に話し合いました。
西・手稲区から世界大会に参加した11人全員が報告しました。
「原爆の恐ろしさ、命の尊さを学ぶことができました」と話す看護師。初参加のソーシャルワーカーの女性(28)は「核兵器積載の軍艦を入れないために証明書を提出する『神戸方式』を知りました。被爆者の人たちのことを思うと核兵器廃絶しかありません」と呼びかけました。
ケアマネジャー(33)も「爆心地が住宅街と知り、驚きました」といいます。
新日本婦人の会の会員(65)は「小学5年生の孫に原水爆禁止世界大会のことを話したら、『大きくなったら長崎に行く。困った人を助ける看護師になる』といわれました」と語っていました。
新政権は「核の傘」離脱を 小樽
原水爆禁止小樽協議会(小樽原水協)は9月4日夜、小樽市で原水爆禁止世界大会・長崎の小樽・後志代表団報告会を開きました。
小樽、後志地域からは20代、30代の青年3人を含む5人が代表参加、青年3人は、大会の様子を撮影したデジタルカメラやビデオカメラの映像を紹介して、報告しました。
小樽の高校に勤務する英語教師、浦野圭太さん(27)は、分科会で世界の活動家との交流を紹介しました。
「分科会後、話したネパール、インド、フランスの代表は、口々に『草の根の運動が世界を動かす』と話していました」と述べ、世界の大多数が核兵器に反対していると実感したと発言。「世界大会は、平和について考え、行動する人たちとの出会いの場でした。長崎での出会いを大切に、これからも平和のために行動していきたい」と語りました。
勤医協小樽診療所の小谷修一さん(32)は「実際にその被害にあった場所に行き、目で見て、肌で感じることが大事だと思いました」と強調。勤医協余市診療所の小林巨樹さん(33)は「大会に参加し多くの人たちが一つにまとまり運動をしていくことの大切さを感じました」と話しました。
道原水協の岩淵尚事務局長は、今年の大会が、オバマ米大統領が「核兵器のない世界」をめざすと明言し、大きな転機を迎えた歴史的な大会として成功したと報告。「世界は核兵器廃絶の方向に向かっています。来年のNPT(核不拡散条約)再検討会議で具体的な一歩を踏み出させるため、会議に向け、署名を多く集め、積み上げたい」といいます。
「今後できる民主党政権に対し、受け身ではなく構成的にモノをいっていく必要があります。核密約を公表、廃棄させ、核の傘から抜け出し、核兵器廃絶を被爆国日本から世界に発信するよう求めていきましょう」と呼びかけました。
経験を生かして平和運動に参加 帯広
「原水爆禁止世界大会を成功させる十勝実行委員会」は9月5日夜、帯広市で報告会を開きました。
75人が参加。岩井明代表団長は「この経験を生かして、今後平和運動に参加していきます」とあいさつ。続いて、パワーポイントで多くの写真を紹介し、代表団全体の活動を報告しました。
代表団16人が、参加した分科会の様子を新聞記事も含めて39ページに及ぶ報告集を中心に語り、引き続き原水爆禁止運動にかかわっていく決意を述べました。
事務局からは、10日間の連日の街頭署名で、「核兵器のない世界を」署名950人分を集め、のべ139人が参加したと報告。十勝全体の署名数は7027人になりました。
帯広原水協の稲葉典昭副理事長(帯広市議)は「大会の熱気や感動が伝わる報告で世界が変わり始めたことを感じます。核兵器のない世界をつくりあげるため、壮大な運動をすすめましょう」とあいさつしました。