埼玉県草加市の勤労福祉会館で2月20日、被爆者体験を語り継ぐ会か開かれ12人が参加しました。主催は、同地域で活動する民青同盟のフルミエール班と埼玉東部南地区委員会。
埼玉しらさぎ会の土田和美さん(5歳で被爆。草加市在住)が被爆体験を語りました。
土田さんは一昨年ピースボートで世界を周った時に船中で一緒になった被爆者が証言活動などをしていることを知り、その後自らも証言活動をはじめました。
いまもけっして忘れることのないあの日のこと、原爆症に苦しみながら母親がひとりで3人の子どもを育ててきた家族のその後の苦労などを語りました。
土田さんは当時、広島の牛田(原爆が落とされた地点から3~4キロ離れた地域)にある早稲田神社のすぐ後ろに住んでいました。朝、牛乳を取りに行き戻ってくる途中で、ものすごい爆風と光に襲われ、はっきりとした記憶はないものの「何が起きたのか分からず、自分の泣き声ではっと気がついた」そうです。母や兄弟は奇跡的に助かりましたが、父親は、爆心地の北西側で被爆し、全身が火傷でむらさき色になり、クモの巣が張りめぐらされたような身体で三日三晩うなり続けて亡くなりました。
土田さんは、今の若者に「戦争、原爆、そして、その後の苦しみが世界の崩壊につながることを伝えたい」とのことでした。
埼玉県在住の被爆者は約2000人。私たちの世代にとって「原爆」は歴史上の出来事のように感じますが、今も苦しんでいる方がすぐ身近にいることを知りました。他人事ではないその現実に、私に何ができるのかを考えさせられる体験でした。
昨年民青に入ったばかりの青年が「今年の世界大会に行きたい!」と手を挙げてくれたりと、参加者一人ひとりにとって本当に貴重な時間となりました。
(佐藤のりかず・草加市会議員、26歳)