ヒバクシャ国際署名、何処へでも。

私の町は、東経135度・北緯35度の交差点、子午線のまちです。

私は普段、新婦人の一員として道の駅で毎月「平和カフェ」を開き、「ヒバクシャ国際署名」が始まってからは9の付く日にスタンディングをして署名を集めてきました。

ある日、旅に出る前夜「せや!国際署名やねんから、どこでしてもええやん!」と思い至り、リュックにヒバクシャ国際署名(日本語)と、プラカードを突っ込み、夫とネパールへ。

かの地では、ヒマラヤトレッキングに来ている色んな国の人と出逢えます。アンナプルナが美しく見える、標高3200メートルのプーンヒルでは、ウクライナの人達が、私の流暢な播州弁と片言の英語に、署名用紙を奪うようにして名前を書いてくれました。

チベットに近いムスタンの空港前では、7061メートルのニルギリを背にしてスタンディング。銃を持った空港警備の兵隊ものんびりとこちらを見ています。

景勝地ポカラでは、美人のユニセフ職員さんが、「素晴らしい署名!あなたに会えてよかったです。」と言ってくれました。人を励ますのは、こんな言葉なんやなぁとしみじみ思いました。ネパールで23か国の人と出逢って、話して頼み、2週間で102人分もらって帰りました。

これに味をしめ、次は英文の国際署名持参で娘とマレーシアの旅へ。クアラルンプールのホテルで、ロビーに居た男性に声をかけると、イランの人でした。今までにも核を持つ国の人と出逢いましたが、イラン人は初めてです。「ヒバクシャ国際署名」の訴え文を流れるように読むにつれ、表情がパァ~と明るくなり、「素晴らしい署名だ!」「イランで広げたいから下さい!!」と。しかし、すでに署名用紙はほとんど埋まっていて、あげる紙がありません。「世界中から検索したら印刷できますから、イランで広げて国連へ送って下さい!」とお願いしました。別れ際「あなたの幸せを祈っていますよ。」と言ってくれました。何とよい言葉でしょうか。心が震えました。

また台湾では、九份の超有名な「茶樓」前で、北京語の訴えを画板に下げ1人スタンディング。済んでからその茶樓でお茶していると、店の社長さんが「あなたがうちの前でしていた署名、私にもさせて下さい!」と。勿論、OK。見送りの上、お土産まで下さいました。

3か国で30か国の人と出逢い、220人分余の「ヒバクシャ国際署名」を頂きました。どこでも断られることはほとんどありませんでした。核兵器廃絶は世界の常識ですね。

兵庫県西脇市 新婦人西脇支部 笹倉克子

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