2016年原水爆禁止国民平和大行進・東京→広島コース
通し行進者 山内金久さん日誌(facebook投稿より抜粋)
6月17日(金)
原水爆禁止国民平和大行進・東京→広島コース43日目。
まず彦根城を出発前に一枚。
市役所で市長、議長の代読で歓迎と激励をいただき出発。
愛荘町役場でも歓迎と激励をいただく。
6月18日(土)
原水爆禁止国民平和大行進・東京→広島コース44日目。
甲賀市役所での出発集会では閉庁日にもかかわらず市長、議長と職員が10人ほど参加。中嶋武嗣市長の歓迎挨拶に「広島の原爆投下から25,599日目」と言って核兵器廃絶を訴えた。このような挨拶は私にとっては初めてで感激、出発前に「折り鶴」を演奏、合唱してもらったが、市長が目頭を押さえていたと後で聞く。
このコースは全国通し行進者が通るのは初めてだという。青空の下、元気に行進。
湖南市では教育長が市長メッセージ代読、昨年は戦後70年というので「平和の鐘」を撞くというイベントをおこなったが今年も続けたい、鐘のない寺が多く、戦争に徴用されたことが改めてわかったという。
記念撮影をしまた出発。
東海道49次水口宿、50次石部宿を通過。
野洲駅前で宣伝署名行動、参加者で記念撮影。
6月19日(日)
原水爆禁止国民平和大行進・東京→広島コース45日目。
野洲市役所で閉庁日にもかかわらず市のメッセージをいただき、雨の中元気に出発。守山市役所でも激励の挨拶。
大宝神社休憩では雨の中、美味しいアイスとお茶をいただく。
栗東市役所到着し記念撮影。市長、議長の歓迎のメッセージをいただき、私が代表してお礼とここまでの報告、広島目指して決意表明。
途中、本日おこなわれている沖縄の集会に連帯して「沖縄を返せ」を行進参加者で合唱し、黙祷。
いよいよ草津に入る。中山道と東海道の分岐地の石柱標識や看板。
そして19日スタンディングは草津駅前。16時半、終了。なお、草津宿は東海道51次でした。
6月20日(月)
原水爆禁止国民平和大行進・東京→広島コース46日目。
広島まで91日間の中日、体調万全でストレスも無し。晴れのなか草津市役所出発、旧東海道の趣ある町並みを行進。
琵琶湖の瀬田唐橋を渡ると大津市、橋のたもとで歓迎を受ける。
昼食後、琵琶湖湖畔で「アメイジング・グレイス」を演奏、出発前に「平和の暦」を合唱。
途中休憩の民医連センターで出発前に「原爆を許すまじ」「青い空は」を合唱、アンコールに応え「折り鶴」。
大津市役所集会では市長メッセージ代読、歓迎に返礼の挨拶。
終了後、実行委員会有志と懇談会。「『4歳の時、広島で軍属として徴用されていた父が39歳で原爆に殺され、戦災孤児となった。戦争は絶対ダメだ』という話に説得力を感じた」「英会話のできる高校3年のお孫さんを連れて行進参加の女性がレイモンド君の役に立てて良かった」「行進先導の宣伝カーの運転手で参加した男性がトランペットの伴奏で参加者が大きな声で歌っているのに感動した」等の感想が出された。
6月21日(火)
原水爆禁止国民平和大行進・東京→広島コース47日目。
予報外れ晴れ、滋賀県庁を出発し、京阪電車と並んで旧東海道を京都へ。
ラクト山科公園で引き継ぎ集会。代表して千羽鶴をお預かりし、出発前に「折り鶴」を演奏、合唱。
スゴイ隊列で行進、八坂神社前後から京都市役所までは観光客、それも外国人の多さにビックリ。手を振り、返った返事に2本指でピースサイン、それで返事が来たら親指を上にし、「ウィー」。スマホ等で随分写真も撮られた。平和行進を大いにアピールできたと思う。
市役所前の歓迎集会で挨拶。昨日が東京~広島コースの中日、今日は後半の1日目で京都のみなさんや沿道の激励に励まされ、核兵器廃絶の願いを広島へ届け原水爆禁止大会の成功へ全力で頑張る決意表明。
夕方ピース交歓会、「平和の暦」「沖縄を返せ」を演奏し、歌っていただいた。
6月22日(水)
原水爆禁止国民平和大行進・東京→広島コース48日目。
向日市役所で市長メッセージ。乙訓医療生協組合からタオルのプレゼントをいただき、「折り鶴」を合唱し出発。
京の東寺と摂津の西宮を結ぶ西国街道を行進。
長岡京市役所では10年前まで板橋区でご近所だったOさんとお会いし再会を喜びツーショット。
明智光秀と豊臣秀吉が戦をした天王山を眺めつつ丹波街道から東高野街道を行く、有名な松花堂庭園脇を行進。うたごえの元気が行進団全体を励ます。
大山崎町円明寺団地から歓迎され、素敵なパッチワークの横断幕。
ここではコープのみなさんが素敵なパフォーマンス、平和行進は楽しくなくっちゃ。
終点の八幡市役所、京都府内で最も早い非核平和都市宣言を1982年9月28日に発す。
6月23日(木)
原水爆禁止国民平和大行進・東京→広島コース49日目。
初めて行進無し、午前中は立命館国際平和ミュージアムを見学。テーマ別に関連付けつつ点と面、時間軸でとてもわかりやすい展示だと思った。
学食で安くて美味しいランチをいただき、午後は京都府庁と京都市役所を訪問し要請行動。
非核三原則の地方における具体化である非核「神戸方式」を舞鶴港に適用することを求めたのに対しては「港湾管理者の権限を超える」と回答。
市役所の庭に大きなタイカンボク。
京都タワーが綺麗だった。
夕方6時からホテルステーション京都西館での「うたごえ」に草津の西田さんに誘われたので行ったところ、トランペット演奏を求められた。立命館国際平和ミュージアムで思ったことを「アメイジング・グレイス」のメロディーに乗せようと思った。「沖縄を返せ」のうたごえの伴奏もできた。音色が柔らかく澄んでいて涙が出たと感想を聞かされた。
6月24日(金)
原水爆禁止国民平和大行進・東京→広島コース50日目。
宇治市役所で出発集会の前にモニュメント見学。広島、長崎の被爆の石と並んで沖縄戦で砲撃された首里城石垣の石が翁長雄志那覇市長の銘板と一緒にあったのには驚いた。姉妹都市とのこと。そして「平和の鐘」は朝の8時から夜の7時まで1時間ごとに鳴るのだが、なんと6月23日は沖縄の歌オンパレードにはまたまた驚いた。通し行進者として多くの自治体を見てきたがこんなことは他にはなかった。
市長メッセージが代読された後お礼の挨拶をし、「沖縄を返せ」をみなさんで歌ってくださいと言って伴奏をした。
城陽市役所での要請行動で、市は小中学校の児童生徒36人を毎年バス1台仕立てて1泊2日で広島に派遣し、感想文を発表、文集として図書館で公開しているとのことで、規模の点で驚く。
下校時の小学生が一緒に行進し、一時賑やかだった。
木津川の田辺大橋を渡り、京田辺市役所で集結集会。市議会議長が激励の挨拶。
平和行進終了後、京都駅前の関電京都支社前の「金関」脱原発行動に参加し、平和大行進や国会前希望のエリアでの「故郷」の話をし、トランペット伴奏で歌ってもらった。
今日、京都原水爆被災者懇談会世話人の花垣ルミさんからいただいた名刺の紙は広島に贈られた千羽鶴の再生紙だと聞いて驚く。
6月25日(土)
原水爆禁止国民平和大行進・東京→広島コース51日目。
南山城村の出発集会ではインパクトのある横断幕登場、合唱し出発。
昨日の雨で木津川の水量は多い。
笠置町長が「戦争は絶対いけない、平和行進を頑張ってください」と激励、橋のたもとまで一緒に行進。
和束町の田園風景が美しく、茶畑、非核平和都市宣言の立看板を前に記念撮影。
この日の最後は井手町、行進の後「平和の鐘」を鳴らす。
京都府内27自治体は、来月4日の富山からのコースをつなぎ全て平和行進でカバーするという。継続は力なり。
6月26日(日)
原水爆禁止国民平和大行進・東京→広島コース52日目。
京都府内最終日は精華町役場を出発。
京都外大4年生がレイモンド君との英会話を担当。「昨日声がかかり引き受けたもののその不安も拭き飛んで楽しかった」と感想。若いっていいね!木津川市役所で休憩。いずれも激励のメッセージをいただく。
奈良への引き継ぎ地の般若寺に向かう途中、元気づけのため行進中に「さんぽ」などを伴奏したが、やっぱり音が外れる。
般若寺では住職さんが挨拶、厳しく安倍「戦争法」を批判、レイモンド君がカンパ集めの時間に「折り鶴」を演奏。昨年の平和大行進沖縄県内1週間をご一緒した大阪の北川さん、児玉さんとの再会は嬉しかった。
京と奈良を結ぶ旧道を行進、東大寺前を通り、県庁で知事の歓迎メッセージが代読される。
今日の最終地点奈良市役所へ向かう途中、共産党の選挙カーが「ノーモア広島、ノーモア長崎ーーー」と行進団を励ます。
奈良市役所で期日前投票を済ませ一安心。
6月27日(月)
原水爆禁止国民平和大行進・東京→広島コース53日目。
奈良市役所で出発集会、激励のメッセージ代読を受けお礼と通し行進者の決意表明。
青空が気持ちいいなか、古都奈良の平和行進。唐招提寺、薬師寺、郡山城跡を通過、大和郡山市役所で多くの職員参加の歓迎を受け昼食休憩。出発前に「折り鶴」合唱。法起寺、法輪寺、そして法隆寺。由緒ある寺と町並みの佇まいが落ち着いた気持ちにさせてくれた。
沿道から行進団への激励も多く元気づけられる。肉声が届くところではまず「平和行進です、広島まで歩いて行きます」と言う。ビックリするとさらに「東京から歩いて来ました」と言うとビックリの声のトーンが上がる。そして「ご苦労様です、お気をつけて」と言葉が返って来る。「行脚と対話」を楽しみながら歩く。
斑鳩町役場に到着し市長、議長の激励とペナントをいただき、保育園児達のお迎え時間でもあったので「アンパンマン・マーチ」を演奏させていただいた。
6月28日(火)
原水爆禁止国民平和大行進・東京→広島コース54日目。
半日休養、観光でレイモンド君と東大寺へ行き、英語での通訳をお願いできてホッとした。二月堂、興福寺の五重塔を巡る。
夕方から生駒市で要請行動、市長、副議長から激励とペナントをいただく。市長から核廃絶は同じ思い、原発はすぐに止めろとは言えないが再生エネルギーに転換を求める立場を表明。
その後市内の平和大行進、集結集会は近鉄生駒駅前でうたごえのみなさんと大合唱。私は「アメイジング・グレイス」演奏、アンコールの声がかかり「上を向いて歩こう」で応える。駅の乗降客は驚き、集会参加者は喜んでくれた。表現手段がスピーチのほかにもあるというのは改めてよかったと思った。
6月29日(水)
原水爆禁止国民平和大行進・東京→広島コース55日目。
斑鳩町役場出発前に法隆寺五重塔、藤ノ木古墳を撮影。
奈良街道、熱田神宮前を行進、竜田川大橋を渡り平群町へ入る。
町長、議長の歓迎を受ける。参加者みなさんで「折り鶴」を合唱し昼食休憩。
古道を行進、三郷町でも激励のメッセージをいただく。町長のメッセージに「昨年は沖縄陸上戦70年、被爆70年」という言葉が出たのには驚いた。「非核平和宣言の町」の看板が素敵だ。
雨が強く降るなか、王寺町到着。町長、議長が激励の挨拶、職員30人ほどが歓迎集会に参加され、感激。レイモンド君は最後となる挨拶。