地政学的たたかいと核兵器廃絶の責務
ジョゼフ・ガーソン
アメリカフレンズ奉仕委員会
「われわれが考えるあらゆることに暗い影を落としているのは、環境の激変と核戦争の二つである。後者の危険は非常に過小評価されている。核兵器に関していえば、少なくとも答えは分かっている。天然痘と同様、技術的に可能な適切な方法で、この災いが決して再燃しないように根絶せよ、ということだ。」
ノーム・チョムスキー
友人のみなさん、原水協のリーダーや活動家の皆さんと再びお会いできて光栄です。核兵器廃絶に向けた道義的・政治的な力を先頭に立って発揮しておられるみなさんや被団協の方々と、長きにわたりともに活動する機会に恵まれたことを幸運に思います。また、トニー・デブルムさんが参加されるのを楽しみにしています。2年前、マーシャル諸島が国際司法裁判所(ICJ)に約束違反と既存の国際法違反であるとして核保有国を提訴すると発表した時、国連には衝撃が走りました。外交官もNGO関係者も、このイニシアチブの重要性と創造性、勇気に畏敬の念を抱きました。
すでにインターネットで映像が流れていますが、昨日ロンドンで、イギリス核軍縮キャンペーン(CND)が組織したトライデント更新阻止をめざすデモは、近年最大の核兵器反対行動となりました。もしCNDが勝利すれば、これは核兵器のない世界を目指すたたかいの大転換点となるかも知れません。これは私たち全てにとって大きな励ましです。
このCNDの運動に対して、アシュトン・カーター米国防長官は恥ずべきことに、イギリスが今後も世界でその「並外れた役割」を果たし、アメリカとの特別な関係を維持しようとするなら、トライデントを更新せねばならない、と述べました。しかしこれは世界に核の冬をもたらし、全ての生物を死滅させる可能性のある核体系なのです。
友人のみなさん、私たちはともにNPT再検討会議にむけて素晴らしい活動をしてきました。しかしアメリカは、中東非大量破壊兵器地帯会議を招集するという自らの約束を破り、会議を妨害しました。しかし私たちは「人道の誓約」で勝利をおさめました。でもやるべきことは多く残っています。先月、アメリカのブレティン・オブ・アトミック・サイエンティスツ誌は「終末時計」の針を午前0時3分前にとどめておくと発表しました。これは世界の指導者たちが未だに、「核兵器と気候変動がもたらす極限の危険を削減する義務」に対処できないままでいることに対して「失望を表明」したものです。
「アトミック・サイエンティスツ」誌は、イランとの核合意と、不十分ながらも温室効果ガス制限を約束したパリ合意を歓迎しましたが、「危機を回避するチャンネルが狭まりつつあることは、冷戦時代の暗黒の日々を想起させる」と警告しました。米ロ間の核軍備競争の再燃、ロシアの「危険な核のレトリック」、「短い発射時間」の危険、核大国の膨大な核兵器備蓄などに注意を喚起したのです。中国、北朝鮮、パキスタン、インドそれぞれによる核兵器増大の危険を含め、核保有国の近代化計画を非難しました。「係争中の島の近辺に軍艦や航空機を派遣して南シナ海の自由航行権を主張する最近のアメリカの動きは、核大国間の大規模紛争にエスカレートする可能性をはらんでいる」とも警告しています。同誌はまた、北朝鮮の核とミサイル計画の「差し迫った脅威」に関して「今は北朝鮮を締め上げて孤立させるのではなく、真剣な対話に参加させるべき時だ」と述べています。福島原発事故の発生後、同誌は「核開発能力拡大の野心的計画」を公然と非難し、「国際社会は未だ、大規模な核開発能力拡大がもたらすコスト、安全性、放射性廃棄物管理、核拡散の危険に、協調して対処する大志ある計画を持ち合わせていない」と警告しました。
平和条約が締結されていない日露関係と、朝鮮戦争が休戦状態のままという例外を除けば、冷戦はすでに終結してから30年が過ぎました。今は新たな視点をもって、戦争と緊張をあおり、核戦争さえ引き起こしかねず、私たちの政治的文化・体制に影響を与えている地政学的勢力に対して、冷静に向き合うべき時です。ロシアのメドベージェフ首相の「われわれは新たな冷戦に立ち戻りつつある」iiという最近の発言にまず注意すべきでしょう。
米中と米ロ間の緊張は、衰退する大国と台頭する国の間の避けられない緊張と見ると理解しやすいでしょう。問題はこれにどう外交的に対処するかです。冷戦時代の二極化した世界と異なり、今は多極化した時代です。米、中、露は軍事大国ですが、アメリカがなお最大の脅威となる軍事的影響力を行使しています。日本、インド、イラン、サウジアラビア、トルコは現在アメリカと同盟関係にある中堅諸国ですが、大国とも軍事的に競争しており、時には相互に競争関係にもあります。そして20世紀初めのバルカン半島、朝鮮、中国と同じように、大国に手先として見下され利用されている国々もあります。ベトナム、フィリピン、イエメン、イラク、シリアなどをみればわかります。マイケル・クレアが述べているように、冷戦時代とは違い、現在は極度に流動的で、紛争に満ち、挑発的で非常に危険な、覇権と影響力をめぐる軍事・地政学的なたたかいの時代であり、第一次世界大戦直前に匹敵するような時期です。
ご存じのようにアメリカは軍事的、外交的、経済的策動を行っており、その多くは挑発的なものです。「世界秩序の舵」や「帝国の領域」と呼ばれるものを維持し強化することが狙いです。私たちはこれを、アメリカのアジア旋回戦略、辺野古への新基地建設への固執、フィリピンへの米軍基地の復活と拡大、TPP、南シナ海と黒海での海軍演習、NATO拡大と東欧での駐留軍の支出の4倍化などに見ることができます。
ロシアと中国も負けてはいません。自国の安全と地政学的野心に対する脅威に立ち向かい、それぞれの支配層が自認する歴史的役割を復活させようとしているのです。中国はアジアと西太平洋における卓越した大国として、ロシアはユーラシア大陸の帝国として。中国は南シナ海で他の国々の領有権主張を侵害して挑発的に環礁と岩礁に空海軍ミサイル基地を建設中で、中央アジアを横断して中東へと至る21世紀のシルクロードを作り、軍の近代化を推進しています。
ロシアのプーチン大統領は、NATO拡大、アメリカの支援を受けたウクライナのクーデター、シリアの政権交代圧力に対抗して、クリミアと東部ウクライナの再占領、シリアへの残虐な軍事介入、NATO加盟国とスウェーデンを標的とした核攻撃シミュレーションを行い、北極の海底の領有権を主張し、日本の周辺に核搭載可能な爆撃機を飛行させています。
世界に存在する15,695発の核兵器のうち50から100発が使用されただけで20億人近い人々が死亡することviや、NPTその他の国際法上の義務を無視して、アメリカをはじめ核大国は、自国核兵器の「近代化」を進め、ペリー元米国防長官が述べたように、核戦争勃発の可能性をますます高めています。vii
日本は、自国の真の安全保障上の利益とは裏腹に、未だにアメリカの手先としてあるいは強力な援軍として利用されています。アメリカは、日本を不沈空母として使うだけでなく、軍国主義的な右翼勢力と手を組んで、15年戦争の経験を過去に追いやり、日本を主要な軍事大国に変貌させてきました。安倍首相自身の野望を別としても、戦争法、自民党の改憲策動、増大する日本の軍事費は全て、アメリカ政府のアジア旋回戦略と一体のものなのです。天皇中心の軍国主義的で非民主的な1930年代の政治体制の復活をめざす自民党の改憲案は、ぞっとするような内容です。viii
アメリカの状況もまったく明るくなく、分断的な政治的力関係が国を二分しています。まず、野卑で危険な人種主義とイスラム嫌いを掲げる共和党の大統領候補たちです。彼らは白人労働者階級が抱える、経済的不安定の増大と有色人種が多数になりつつあることへの不安につけこんでいます。彼らの基礎を築いたのは、1968年のニクソン大統領の「南部戦略」でした。共和党の財界・企業利益代弁者たちは、南部の人種主義者とキリスト教原理主義者と同盟を結びました。サラ・ペイリン〔元副大統領候補〕や、今のトランプ候補、クルーズ候補に見られるような極右勢力が、現在共和党を牛耳っています。1930年代のファシズム台頭に匹敵すると言えます。
次が地政学的不安要素です。東アジアと中東でのアメリカの優位に対する挑戦、ヨーロッパの不安定要素、そして新たな国内テロ攻撃の不安に直面して、強力な政治的、経済的、社会的勢力が、ロシア、中国、ISISそして世界に反撃しようと圧力を高めると同時に、「核の三本柱」 (Nuclear Triad)を維持し、アメリカの軍備により多くの戦闘機や艦船を加えるべきだと圧力をかけています。
クルーズ上院議員はISISへの核攻撃を示唆しました。トランプ候補はイスラム教徒のアメリカ入国を禁止し、拷問を再開し、メキシコ国境に新たに大規模な分離壁を建設すると公約しています。そして、非戦闘員に被害が出ようがISISに「爆弾を浴びせて撲滅せよ」とあおっています。
バーニー・サンダースという例外を除けば、民主党候補もあまり違いはありません。経済学者のジェフリー・サックスは、ヒラリー・クリントンのネオコンぶりを引いて「軍産複合体候補」と呼びました。彼女は、共和党で最もタカ派と見られているマルコ・ルビオ候補、テッド・クルーズと同じ政策顧問会社を使っています。ix アジア旋回戦略とTPP、リビアの破壊を開始したのもヒラリーであることを思い起こすべきでしょう。核軍縮に関する国連オープンエンド作業部会第2回会合の直前にICBMを発射したのは民主党大統領のもとでのペンタゴンでした。大統領は、アメリカが第2位以下8か国の軍事費の総計を超える軍事支出を行っており、米軍の活動範囲には「制限がない」と豪語しました。そして現在、核兵器と「核の三本柱」に1兆ドルを支出する予定です。
気候変動を否定したり緩和策に反対したりするような共和党大統領候補がいることもアメリカの政治的狂気のひとつです。
バーニー・サンダースには希望が高まっています。彼の台頭と社会主義的政策への支持の高まりは、経済的公正と平等が緊急に必要であることの現れです。彼がオキュパイ運動を発展させ未来に向けた展望を示したのは最大の貢献と言えるでしょう。しかし彼は外交・軍事政策についてはほとんど触れていません。サンダースは、レーガン、父ブッシュ、オバマの顧問であったローレンス・コーブを、自分にとって最も重要な外交政策顧問だとしています。コーブは、「サンダースは父ブッシュの国家安全保障補佐官だったブレント・スコウクロフトに似た現実主義者であり、イラク戦争には反対したが、アフガニスタンとセルビアに対する戦争(国連憲章に違反)には賛成した」と述べています。コーブは、サンダースは軍事力の行使には抑制的で、コリン・パウェルのドクトリンを採用するだろうと述べています。つまり、アメリカが海外で軍事力を行使するときは、「目的を明確に定め、その目的を達成するためにあらゆる軍事力を行使する準備ができていなければならず、いつ達成されるかが明らかでなければならない」xということです。サンダースはアメリカの核軍備支出をおよそ1/4削減し、無駄な軍事支出を減らすべきと言っています。
友人のみなさん、核兵器廃絶、平和、気候変動の防止と民主主義は、もちろん魔法の杖の一振りで実現するわけではありません。2010年に潘基文国連事務総長が述べたように、これには粘り強い活動が必要です。署名集めや啓蒙活動、デモの組織、新聞への投稿など、全ては、不当な権力を持ち不当な特権を享受している勢力に立ち向かうためです。それには草の根から人々の力を築き上げ、政府を動かし、そして変えることが必要です。
ボストンのケンブリッジ市では、私たちが一カ月にわたって開催した被団協の「原爆と人間」写真パネル展と4回の連続講演会が閉幕を迎えようとしています。昨年の国民平和大行進に参加したメアリー・ポピオは、素晴らしいYouTubeビデオを作製しました。これは平和憲法を守るキャンペーンに役立つと思います。パートナー組織とともに、私たちはマサチューセッツ工科大学で大規模な核軍縮会議を組織しようとしています。アメリカ全土で多くの平和組織がそれぞれの役割を果たして活動しています。
昨年来「ピース&プラネット(平和と地球)」の動員に取り組んだ私たちは、CNDの大規模な集会に向けて、国際的な支援を呼びかけてきました。この広がりはブレティン・オブ・アトミック・サイエンティスツ誌の終末時計への私たちの答えです。アメリカの私たちは、核兵器廃絶の緊急性とNATOに反対する必要について、フォーラムやウェブ上のセミナーを計画しています。みなさんとともに、私たちはマーシャル諸島のICJ提訴を支援し、原水協やヨーロッパの仲間とともに、国際平和ビューローがこの秋に開催する「軍縮と開発」世界会議の中で、重要な核兵器廃絶の会合を組織しようとしています。並行して、核軍縮に関する国連オープンエンド作業部会にも注目し、それが私たちの将来の戦略や行動にどのように貢献するかを見極めたいと考えています。
友人のみなさん、被爆者は核兵器と人類は共存できないと教えています。この機会に、こどもたちや孫たち、将来の世代が、核兵器がなく持続可能な環境のうちに未来を享受できるよう、持てる全ての力を尽くすことを誓いましょう。
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i Doomsday Clock hands remain unchanged despite Iran deal and Paris talks”, Bulletin of the Atomic Scientists, January 22, 2016, http://thebulletin.org/press-release/doomsday-clock-hands-remain-unchanged-despite-iran-deal-and-paris-talks9122
ii http://www.cnn.com/TRANSCRIPTS/1602/13/cnr.06.html
iii https://www.youtube.com/watch?v=-5uEsn6KWls&feature=youtu.be
iv Robert Burns. “Carter says Russia, China pose potential threat to world order.” New York Times, Nov. 8, 2015
v Javier C. Hernandez and Floyd Whaley. “Philippine Supreme Court Approves Agreement on Return of U.S. Forces”, New York Times, January 13, 2016
vi Ira Helfand. “Nuclear Famine: Two Billion People at Risk?” November, 2016, http://www.psr.org/assets/pdfs/two-billion-at-risk.pdf
vii William J. Broad and David E. Sanger. “Smaller Bombs Are Adding to Nuclear Fear”, New York Times, January 12, 2016
viii Muto Ichiyo. “What drives Abe in reckless dash? Dissociative identity of Japan’s postwar statehood unravels”, April 4, 2015, http://www.asiapacificinitiative.org/?s=muto
ix Clinton, Rubio, Cruz Receive Foreign Policy Advice From Same Consulting Firm, Dec. 18, 2005 The Intercept. http//interc.pt/1mrWtdg
x Lawrence J. Korb. “Bernie Sanders is More Serious About Foreign Policy Than You Think”, Politico, February 11, 2016, http://www.politico.com/magazine/story/2016/02/bernie-sanders-foreign-poicy-213619