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資料保管庫軍縮と核政策

すみやかな核兵器の廃絶を:

核兵器廃絶を平和・正義運動の中心に

ジャクリーン・カバソ

このブログの読者のみなさんは、私の同僚であるアンドリュー・リヒターマン、ジョン・バローズ、マイケル・シュピースらによる、イラン危機とその真相に関する詳細な情報や分析を内輪で共有してきた。みなさんは、私たちのブログの名称がDisarmamentActivist.org (軍縮活動家)であることを、いぶかしく思っているかもしれない。私たちは、教育と批判的思考こそが、効果的な活動を築き上げるための不可欠な要素であると信じている。しかし同時に私たちは、事実を徹底的に調べ、関連づけ、筋道立てる一方で、仲間とともに行動計画をたててきた。(しなければならないことはまだまだあることは明らかだが!)その最初の成果は、全米平和正義連合のホームページの「イラン戦争ノー!核兵器ノー!」という新しいキャンペーンのサイトに見ることができる。このサイト上で読者は、米国議会議員および国連安全保障理事会あての、イランにたいする軍事行動に反対し、法を守り、外交による解決を支持し、アメリカの核の偽善をやめるよう求める署名にサインし、彼らに手紙を書くことができる。また、ブッシュとチェイニーにたいするアフター・ダウニング・ストリート(訳注:イラク戦争に関するブッシュ大統領の責任を追及するアメリカの平和組織の連合体)の署名にサインすることもできるし、その他の学習資料や行動項目に関するリンクを見つけることもできる。4月29日、私たちは、「核兵器ノー!戦争ノー!」の旗を掲げ、平和、正義、民主主義をもとめてニューヨーク市内を行進し、平和と正義フェスティバルの会場に、対話の場として「イラン戦争ノー!核兵器ノー!」テントを設ける予定である。ブロードウェイ東の20丁目で午前11時から始まるこのテントでの「核廃絶」分科会にぜひご参加いただきたい(パーク・アベニュー・サウスから入ること)!

このような最近の活動は、辛抱強く続けられてきた舞台裏での地道なキャンペーンの成果である。2002年の終盤から、イラク戦争の準備が加速化するなか、私たちは「核兵器廃絶のための廃絶2000グローバルネットワーク」のアメリカの加盟団体とともに、核軍縮を、そのルーツである平和と正義をめざす運動の課題の「中心に位置づける」ために努力してきた。イラクが核兵器開発計画をすすめているというなんら実証もされていない主張にもとづいて、アメリカはイラク攻撃の準備をすすめた。そのなかで、「テロにたいする戦争」が、移民への攻撃や国民の最貧層のための福祉サービスの大幅な削減など米国内にも影響をおよぼしているという国民の認識が高まり、それとともに、新しい反戦運動が形成され始めたのだった。

2003年6月、シカゴで開かれた全米平和正義連合(UFPJ)の第1回全国会議は、核軍縮を平和と正義の問題としてあらためて提起し、それによって反核運動をより広範な反戦運動と再統合するための良い機会のように思われた。核軍縮をUFPJの優先課題にしようという「廃絶2000」の加盟団体の提案は、ほとんど議論や論争もなく採択された。しかし、驚いたことに、数人の代表は「核軍縮はブッシュが主張していることだ!」と言ってこれに異議を唱えたのだ。しかもこれは氷山の一角にすぎなかった。こうして新しい反戦運動には――国民意識の全般的な欠如を反映して――アメリカの核兵器の現状とわが国の「国家安全保障」政策で核兵器が果たしている中心的役割についての認識が大きく欠けていることが明らかになったのだ。これを契機に1300の加盟組織を有する国内最大の反戦連合であるUFPJのなかで、継続的な内部教育プロセスが始まった。UFPJのなかで私が主宰する「核軍縮・安全保障再定義」作業グループも、ワシントンの政権がいっそう攻撃的になり、信じがたいほど傲慢で独断的になっていくなかで、アメリカの核脅迫が歴史的に一度も中断することなく続けられてきたことについての意識を高めるために一貫して活動してきた。

現在では、好むと好まざるとに関わらず、4月17日付けニューヨーカー誌のシーモア・ハーシュ記者の、アメリカは核兵器を使用するぞとイランを威嚇したという報道によって、いまだに核兵器問題にはどこか乗り気でないイラク戦争反対運動も、核戦争の現実性と正面から向き合わざるを得なくなっているようだ。核兵器使用の危険が、冷戦時代で最も暗い日々以来では最高のレベルにまで高まっているいま、人々はなぜ声をあげないのだろうか? 1980年代の大規模な反核運動はどうなってしまったのだろうか?なぜ反戦運動は、核兵器についてこんなにも口をつぐんでいるのだろう?

私は2月に行なわれた核時代平和財団の2006年国際法シンポジウムでの発表で、この問題を論じた。「これほどの年月を経てもなお、われわれが核危機の瀬戸際に立っているのはなぜか?1990年代を批判的に振り返る」と題する発表で、私は、ソ連が予期せずして崩壊し、「核抑止力」の根拠である冷戦が終わった後、どのように核兵器――特にアメリカの核兵器――がアメリカ国民のレーダー・スクリーンから消えてしまったかを説明した。核兵器企業の核戦争推進論者たちが再び権力を握るようになり、軍備管理、核不拡散、軍縮といった問題は、大部分の一般国民の懸案事項――戦争と平和の問題も含めて――からどんどん切り離され、ワシントンにいる一握りのエリート政治家集団に委ねられてしまった。

そのあいだにも、独立した草の根組織は自分たちの地域にある核兵器施設を監視し、証拠書類を集め、本格的地下実験を新世代のハイテク実験研究施設とスーパーコンピューターに置き換えるというアメリカの計画と、新しい兵器製造プロセスと能力を開発するという提案を阻止しようと努力していた。しかし、このような情報の大部分は、クリントン時代の政策決定者とのパイプを独占しようとする軍備管理ロビイストたちによって止められ、米議会の議題に上ることはなかった。政治権力の中心にいる者たちから見れば、核兵器の研究開発が進められているという事実を否定して、「敵を信じさせることができる」核脅迫に依拠した拡散防止へと政策が展開するのを大目にみてくれる方が好ましいのは明らかだった。さらに悪いことに、こうして10年間が経過するうちに、軍備管理や軍縮にとりくむNGOに提供される資金は底をつき始め、まだ残っていた資金提供者たちも、アメリカによる核兵器管理ではなく、核兵器の廃絶を主張している独立した草の根組織にたいしては、次々と支援をやめていった。若い世代が自分たちは未だにきのこ雲の影に脅かされながら生きているということを知って衝撃を受けているいま、反戦運動はこれまでの遅れをとりもどそうとしている状態だ。

核兵器はみずからを、ふたたび反戦運動の手に委ねたのである。私たちが今いどむべき、そして約束すべきことは、反イラク戦争運動を成熟した真の反戦運動へと成長させ、地球からの核兵器廃絶と、人間のニーズと環境的価値にもとづく(国家ではなく)グローバルな安全保障という新しい概念を、曖昧さのない言葉ではっきりと要求することだ。

(ブログDisarmamentActivist.org 2006年4月24日付けより)

 

 

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