原水爆禁止2003年世界大会
長崎・閉会総会(8月9日)

海外代表の発言


フォーカス・オン・ザ・グローバル・サウス
ハーバート・V・ドセナ


  原水爆に反対する7千人もの人々が今日ここに集っている光景は驚くべきものです。私のように若い人々が大勢集まっているのも感激です。

  私はフィリピンからあいさつと連帯の気持ちをたずさえてやってまいりました。あまり知られていないことですが、広島、長崎、ベトナム、イラクへの戦争よりはるか前に、米国が起こした最初の本格的な戦争はフィリピンにたいするものでした。1900年代、何千人ものフィリピンの同胞が、侵略してきたアメリカの植民地主義者に殺されました。私は今回のイラク戦争開始の3日前、イラクに滞在していました。私がそこで出会った親切な人々が爆弾の雨のなか死んだかもしれないと思い、悲しみに暮れながら帰国しました。いま、私は長崎にいて、この地でイラクやフィリピンと同じように何万人もの人々が同じ理由で殺されたことを知り、心が痛みます。ごく少数の人々が金持ちになり権力を握るために、そうでない私たちが苦しみ死ぬのです。兄弟、姉妹の皆さん、イラクもフィリピンも繰り返してはなりません。

  私たちはみな、何がいらないのかを知っています。しかし、いま声に出して言う必要があるのは、何が欲しいのかです。私たちは何が欲しいのでしょうか。誰が敵で誰が友人かを指図する傲慢な超大国がいいと思いますか。米国に私たちの生命と資源を支配してほしいと思いますか。もっと多くの核兵器が欲しいですか。それとも、もっと多くの本ですか。もっと多くの水素爆弾が欲しいですか。それとも、もっと多くの食料ですか。もっと多くの劣化ウラン弾が欲しいですか。それとも、もっと多くの家ですか。

  長崎の人々がこのまちを見事に再建したように、私たちは死の灰と破壊から新しい世界を作り上げる必要があります。この新しい世界では、私たちは「国家安全保障」という概念、あるいは一国の平和と安全が国家の安全保障にかかっているという考えを捨てなければなりません。このような論理は国際的な対立関係をもたらすだけでなく、私たちにより多くの爆弾を買わせ、他国を攻撃させるような考えです。私たちはこのような考えを「人間の安全保障」あるいは「人々の安全保障」に置き換える必要があります。このような考えのもとでは、世界中の人々が、兄弟、姉妹なのであり、お互いを殺そうなどとは思わないはずです。「人々の安全保障」をめざすのなら、私たちはお金のかかる爆弾の代わりにもっと多くの本や食料、家を買うでしょう。

  兄弟、姉妹の皆さん。新しい世界が生まれつつあります。今年2月15日、何百万という人々が参加した世界いっせい反対行動は、その新しい世界を垣間見せてくれました。私たちはいま、このチャンスをつかみ、運動をもっと大きくしていかなければなりません。私たちの組織の幅を広げることによって、このことが可能になります。また、できる限り多くの、新自由主義的なグローバル化に反対する人々、環境保護に携わる人々、小規模農家の人々、労働組合、そしてよりよい世界を求める私たちと同じ考えをもつすべての人々と団結することによって可能になります。

  世界の若い人たちに呼びかけます。私たちはとても危険な世界をこれから引き継ぐわけです。そしてとても危険な時代にここに集まっています。私たちの課題は、よりよい世界をつくり、それを子どもたちに確実に引き渡すことです。

  ノー・モア・ヒロシマ! ノー・モア・ナガサキ! ノー・モア・フィリピン! ノー・モア・イラク!

  新しい世界は可能です。新しい世界は必要なのです。

  サヨナラ、そして来年1月にインドで開かれる世界社会フォーラムでお会いしましょう。


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