『核実験の影響、女性の視点』会議の報告
(1995年4月24日、ニューヨーク)より
マーシャル諸島での核実験と異常出産
グレン・アルカレー
序
第二次世界大戦の終わり、アメリカは太平洋の中心に位置するミクロネシアの2100の島々を占領した。マーシャル諸島??ミクロネシア東部??は広島と長崎へ原爆が投下された一年後に核実験場に選ばれた。
1946年から1958年にかけて、マーシャル諸島のビキニ環礁とエニウェトク環礁で67回の原子爆弾と水素爆弾の爆発がおこなわれ、水爆実験により、風下にある島々の多くの住民が致死量まで達しないレベルの放射性降下物にさらされた。電離性放射線被爆による急性および潜伏性の影響に加え、環礁の多くの地域社会(ビキニ、ロンゲラップ、エニウェトク)は、放射線学研究が、生まれ育った島へ将来帰還が可能であると結論づけることを待ちわびながらも、いまだ本来の社会的生活を混乱させられた状態にある。
私は、1970年代半ばに平和部隊ボランティアとして放射線に汚染されたマーシャル諸島のウトリック環礁で働く中で、ウトリックとロンゲラップの女性から、いわゆる「ジェリーフィッシュ・ベイビー(クラゲのような赤ん坊)」の話や、1940年代、50年代にビキニとエニウェトクでおこなわれた核実験と関係があると考えられている生殖に関連する問題について、数多くの報告を耳にするようになった。マーシャル諸島の女性が受けた放射線に起因する健康への影響の可能性について私が問い合わせると、米国エネルギー省とブルックヘブン研究所の研究者たちは、根拠が文書で証明されている甲状腺異常と二、三の放射性ガンを除き、核実験による女性と生殖機能への影響はない、という返事を繰り返すのであった。
1975年から1991年までに、私は1200名以上のマーシャル人女性にインタビューしたが、次に紹介する1981年におこなった、ウトリック環礁のベラ・コンポジへのインタビューは、マーシャル諸島の多くの女性が感じている問題を例証するものである。
「(1954年3月のブラボー実験後の3カ月にわたる避難生活の後で)わたしたちがウトリックに戻った後、ネリックはウミガメの卵のようなものを生み、フローラはクラゲのようにとてもぬるぬるしたカメの腸のようなものを生みました。そのあと間もなく、たくさんの女性が5カ月ぐらい身ごもったあと、いつの間にか結局妊娠していないということになりました。私自身も、妊娠したと思ったのに、3カ月後にそうではないことが分かりました。このようなことは、ここの女たちにはまったく初めてのことで、『あの爆弾』の前には一度もなかったことです。」
もう一人のウトリックの女性、ニーネ・レトボもまた、自身の核時代との遭遇、特に「ブラボー」の死の灰がマーシャルの女性に与えた影響について語っている。
「何人かの女性は、ネコやネズミやカメの内臓??腸のようなもの??に似た生き物を生みました。ほとんどの女性が「ジブン(流産)」を経験し、私も人間ではないようなものを生みました。何人かの女性はぶどうや他の果物のようなものを生み、何人かの女性は、私も含めて子どもを生めなくなりました。今はもう前とは違い、みんな「あの爆弾」の前ほど元気で健康ではなくなりました。」
まったくもっともであるが、米国エネルギー省とブルックヘイブン研究所の科学調査団がおこなった放射線に起因する潜伏性の障害にかんする評価とマーシャルの人びとの認識・話しとの間には、大きな隔たりがある。生殖と受精能力をめぐる懸念がマーシャル諸島に大きくのしかかってきたのは、ここ40年間のことであるが、これは、1952年に開始されたマーシャル諸島での水爆実験、とくにマーシャル諸島全域に放射性降下物をまき散らした1954年の「ブラボー」事件をはじめとするメガトン級の水爆実験がおこなわれた後にはじまった事である。
マーシャル人女性と生殖に関する独自調査
(New School for Social Researchでの)医療人類文化学研究博士号を取得するための実地調査の一部として、わたしは1990年7月から1991年8月の13カ月、マーシャル諸島の10の環礁で健康調査をおこなった。この項目では、女性の生殖と放射線被爆との間に存在しうる関係??マーシャルにおいて歴史上重要な問題??の事実究明を目的とした調査の方法論といくつかの予備的所見について述べたい。
方法論
この調査において本質的な問題とされたのは、ビキニとエニウェトクの核実験場のあった場所近くの島々に住むマーシャル人女性たちは、核実験場から最も離れた場所に住む女性に比べてより高い先天性異常??流産と死産??を経験しているか否かであった。
調査のため、私は詳細な出産状況のデータを10の環礁地域から集めた。これを「北マーシャル」と「南マーシャル」の2つのグループに分けたが、北部環礁グループ??ビキニとエニウェトクに最も近い島々??は、ロンゲラップ(メジャット)、ラエ、ウジャエ、アイルック、リキエップ、ウォッチェ、ウトリック環礁によって構成される。南部環礁グループはジャルート、ナムリック、ミリ環礁から成る。マーシャル諸島の環礁のうち核兵器実験による残留放射線汚染を全く受けていない環礁が存在するかについては不明なため、真の対照環礁(被爆していない環礁)と被爆環礁を区別するのは不可能である。この調査の目的にかんがみ、私は核実験場であった場所に最も近い環礁と実験場から最も遠い環礁とを比較した。
調査をはじめてすぐ、健康調査においては、混乱をきたすような変数が存在し得ることに気づいた。たとえば、先天性異常の発生率の違いは、環礁地域によって異なる健康管理体制、とりわけ、胎児や新生児発育管理の違いと関係があり得るのではないだろうか?20年にわたるマーシャルの島々での私の生活経験に照らせば、胎児と新生児の健康管理はこの地域一帯において劣悪であるというのが私の主張である。ゆえに、私は、島々の女性にたいする健康管理上の「違い」が、混乱をきたす重要な変数であるとは思わない。
もう一つは、1986年の自由連合協定により創設された核実験被害補償法廷が定める被害に関して記憶の選択性と「装飾的要素」に付随ずる問題であった。私の判断では、記憶の選択性と「装飾的要素」という潜在的問題は、マーシャル諸島全体に無作為に分布しているため、この健康調査においてたいした問題とならなかった。
マーシャル語を流暢に話すことと、大勢のマーシャル人を長年にわたり個人的に知っていることが、私がこの調査をおこなう上で欠かせない要素であることが分かった。また、マーシャル人から信頼を得たことで、女性と生殖に関する非常に繊細な問題、つまり男性には普通話さない問題について健康調査をすることができた。実際、私が訪れた10の環礁のそれぞれで、女性の会「ラロック・ドロン」が歓迎の祝宴を開いてくれ、私が女性の問題に心を砕いていることに心から感謝された。どの島でも、私は村の産婆さんから、自分たちはこの調査の目的を本当に理解しており??そして感謝している??と言われた。
2カ国語(マーシャル語と英語)で書いた質問表を使い、10の環礁それぞれで出産適齢期の女性(と閉経後の女性)一人ひとりと話すことにより、核実験場であったビキニとエニウェトクに最も近く、そして最も遠くに住むマーシャルの女性それぞれから女性と生殖に関する莫大なデータを集めることができた。
人口調査と家系のデータが集まる中、私は流産、死産、重度の障害をもって生まれた子どもたちについても詳細な情報を求めた。そのうえ、この調査によってそれぞれの女性について、マーシャル人が頻繁に移動することから生じる今までの居住歴が明らかになった。つまり、出産経験を彼女たちの居住歴に照らし合わせるためには、女性たちが核実験の前、当時、後に住んでいた場所を知ることが重要だったのである。
健康調査の予備的結果
この論文の最後に示したグラフと表から容易に分かるように、マーシャル諸島では先天性異常の発生とビキニからの距離の間に深い相関関係がある。北部マーシャルの女性における流産と死産の発生率は、南部マーシャルに住む女性に比べて相当高い。1951年以後の10環礁すべてにおける流産数と死産数を合わせたR値(相関係数)は、ビキニからの距離を独立変数とした場合、0.877である。
この健康調査から得たもう一つの主要な発見は、1952年以前(メガトン級水爆実験の実施前)と1951年以後(水爆実験後)の先天性異常の発生率との違いに関連している。
健康調査の統計結果は、添付資料を参照していただきたい。
結論
先天性異常と核兵器実験の残留放射線による被ばくとの関係の可能性を探るという、この独自の健康調査は、マーシャル諸島における草分け的な試みである。調査から得られた知識のほかに、この調査結果は、マーシャルの人びとへの補償と健康管理という点から政策的な含蓄をもちうるものである。
結論として、大統領諮問委員会にたいし、女性の生殖と放射線被ばくの因果関係の程度についてより完全な確定をおこなうために、マーシャル諸島でより広範な先天性異常の疫学的調査の実施を提案する。
ブルックヘブン国立研究所が米国エネルギー省の後援で実施してきた40年以上にわたる被ばくマーシャル島民の追跡調査において、女性たちは、ブルックヘブンの研究者によるまともな調査対象から明らかに外されてきた。マーシャルの女性に関するこの独自健康調査の予備的結果は、マーシャル人びとの健康という重要な分野での研究がさらにすすめられなければならないことを強く示唆している。
著者紹介
グレン・アルカレイは、シティカレッジで教鞭をとる医学人類学者である。彼は、全国原爆復員兵士協会の科学顧問を務め、アジア太平洋問題の顧問、講師、執筆者、ラジオ・ジャーナリストとして活動している。マーシャル諸島の核実験被害補償法廷(NCT)の顧問でもある。また、世界安全保障法律家同盟ニューヨーク支部の理事長を務めている。
(日本原水協 『国際情報資料9』より)
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