原水爆禁止2001年世界大会
国際会議

ロシア
アイグル(チェリャビンスク核実験被害者組織)
タチアナ・ムハメディアロワ


ロシアの核政策と世論の反応/核の安全対策運動

「私たちの命は、傾けられた配慮の質を反映する」
—老子『道徳経』

  まずこの大会に参加する機会を与えてくださった原水協に感謝を申し上げます。

  私たちがここに集ったのは、広島と長崎、そしてロシアの各地で、苦しみと痛みがいまだに続いているからです。ロシアでは、人びとが核兵器製造の影響にさらされています。私たちは、ロシア政府が計画しているプルトニウム経済により、数百万の人々が苦しみ、この惑星が人の住めない場所になってしまうことを、まもなくすべての人が悟ることになるのではないかと恐れています。

  私は、ロシアで最初の原爆と水爆が製造された場所の近くに住んでいます。学校に通っていたころ私は、広島と長崎の原爆被害をテーマにした劇に参加しました。劇の最中には、被害者をとむらう鐘の音に涙を流す生徒もいました。私たちは、まだその鐘の音が私たちをとむらう音であることには気づいていませんでした。90年代の初めになってようやく私たちは、自分たちが、地上でもっとも汚染された場所に住み、恐ろしい劇の中で少量被爆の影響を調べるためのモルモットの役であることことを知りました。1949年から1952年までのあいだ、276万キューリーもの液状放射性廃棄物がテチャ川に放出されました。テチャの川岸には39の村があり、4万1千人が暮らしていました。1957年に起こった事故では、27万以上の人々があらゆる量の放射線に被爆しました。1967年には、カラチャイから流されてきた放射性降下物により、2700平方キロメートルの地域が汚染され、12万4千人が被爆しました。

  この汚染を引き起こした軍事・核施設「マヤーク」の風下や川下にいまも暮らしている人びとは、自分たちの生存が、外国から運び込まれた使用済み核燃料の貯蔵・再処理を引き受けることでロシアが得る収入にかかっているのだと言い聞かせられています。こうした説明は、核産業の担当省庁、地方当局、連邦当局によってなされているのですが、彼らこそ、ロシアの核開発のために自分と子どもたちの健康を犠牲にした人たちに、長年真実を隠してきた張本人です。さらにおそろしいのは、ロシア政府が、国際的な核廃棄物貯蔵施設をこの地に建設しようとしていることです。この地域はすでに相当の被害を受けていますが、ロシアには核廃棄物の処理を規制する法律がないのです。

  2001年7月4日、ロシア政府は、2万トンの使用済み核燃料を輸入し、それをプルトニウムに再処理することに合意しました。受け入れ予定地域で9割の住民が反対したのにです。

  プルトニウムを処理する方法は2つあります。ひとつは、混合酸化物(MOX)燃料に変換してそれを核反応炉で燃やす方法で、もうひとつは、プルトニウムをほかの高レベル核廃棄物と結合させて固定し、セラミック(ceramic matrix)で安定させる方法です。

  ロシアは一番目の方法を用いることを決定し、プルトニウム経済をすすめようとしています。

  核産業に利害関係をもつエリートたちは、最新の技術があるから安全だとか、汚染地域の汚染除去作業をする資金が必要なのだからとか言います。この再処理契約で得る収入は、40年間で210億ドルになります。その一方で、昨年は280億ドルがロシアから消え去りました。経済が停滞している原因は科学や技術にあるのではなく、政治にあるのであり、地球の存続が危ぶまれているのです。

  プルトニウム市場が開拓されれば、プルトニウムを商用エネルギーとして売って収入を得、核廃棄物の安全な処理にあてることができると彼らは言います。しかし、ロシア社会の汚職問題は相当ひどいもので、政府は自らが支払ったはずなのに、消えてしまったお金の行き先を追跡することすらできません。収入が盗まれたあとには廃棄物だけが残り、被害者の健康問題はなおざりにされるのは間違いありません。大金を注いで大がかりな政策が立てられていますが、人を傷つけることで経済的な利益を得ることなど、誰にも許される行為ではありません。

  安全な技術に関して言えば、核施設「マヤーク」は許可なしで放射性廃棄物を捨てているとして、現在、地元のNGOが訴えを起こしているほどロシアの現状はひどいものです。しかも、放射線で汚染された地下水が年間90メートル移動しており、1300人が住むチェリャビンスクの水源が汚染の危険にさらされていることが明らかになっているというのにです。

  リスクは計算済みであり、プルトニウム経済は効果をもたらす、と彼らは言います。しかし、チェリャビンスクとチェルノブイリの事故のあと、地域復旧にかかっているコストは彼らの頭にはありませんし、人間におよぼされる被害に対しては誰も責任を負っていません。核産業が始まって以来、死亡したり障害を負った人の数は、13億と推定されています。

  核廃棄物の輸送は安全だと彼らは言います。しかし、現在のロシアで、それはありえません。先月、ウラルからノヴォシビルスクに到着した列車には屋根がまったくありませんでした。困窮した人々が盗んで鉄くずとして売ってしまったのです。

  政府は、何百万トンにもなる核廃棄物が、私たちにも私たちの子孫にも害を与えないということ、危険を最小限におさえる技術があるといって、住民を納得させようとしています。

  私たちは、このままでいけば、放射線の悪影響をすでに受けているたくさんのロシア人の苦しみと、あらたな事故や犠牲者のリストが今後も増えるであろうことを確信し、訴えているのです。3つの核事故が起こり、その後も核製造による被害を受けつづけている地域で生まれ、生活し、子どもを育てている人たちの声、限りない危険に将来の生活をかけざるをえない人たちの声に、どうか耳を傾けてください。

  かつて、国家当局がロシア国民にもたらした悲劇を思うと、私たちの将来に待ちうけている政策は、国民皆殺しの政策だということを認めざるをえません。

  ロシアの人びとは、この決定をただ傍観しているわけではありません。ロシアのNGOは、使用済み燃料の輸入に反対する署名を250万人分集めました(うち私たちの組織で6万人を集めた)。「核安全運動(Nuclear Safety Movement)」は、国会議員に資料を400部送りましたが、その後おこなわれた議会の第2回法律審議会では、この問題で110の反対票が投じられました。ロシア政府や地方議会がおこなう交渉でもいくつかの成果があがっています。私たちが組織した公聴会のあと、私たちの働きかけによって、地方議会がこの問題に関する住民投票を開始したのです。ですから、たたかいはまだ終わってはいません。

  私たちの懸念は、プルトニウム経済の主な目的が、政治的経済的な支配を押し付けることであり、ロシアの政治エリート、核産業にたずさわるエリートたちの社会的な特権を保護することだということです。

  私たちが、次の理由から、ロシアがプルトニウム経済政策をとり、世界の核廃棄物の貯蔵庫になることを反対しています。

  ロシアはプルトニウム経済の推進を決めました。しかし、それを実行するための施設もないし、施設をつくる資金もありません。だから、ロシアには、世界の核廃棄物を永久に貯蔵する場所を準備するしかないというわけです。

  この25年間、世界中の政治家や科学者たちが、永久貯蔵の問題を解決しようとしてきました。アメリカがユッカ・マウンテンですすめようとした廃棄物処理計画も、パンゲア計画も失敗に終わっています。

  いまロシアは、しきりに自国の領土を核廃棄物処理に使わせようとしています。この構想は、とてつもない課題を全世界に課すことになります。廃棄物貯蔵の解決策はまだ見つかっていないのです。

  すべての廃棄物を一ヵ所に貯蔵するという考えも疑わしいものです。長期間にわたり、全世界から集る廃棄物の輸送が安全だと言うことは、確率の法則に反しています。事故は起こるものであり、プルトニウム事故はひとつ起こっただけで地球全体の生命に被害を与えかねません。

  輸送や漏出などのリスク以外にも、廃棄物をまとめて捨てることによって、廃棄物を生み出す人たちがそれに対する責任を取ろうとしなくなるという問題があります。

  いまのロシアは、こうした永続的貯蔵にもっともふさわしくない場所です。いまのロシアは、つねに政治的、経済的、社会的危機にさらされている社会です。民主主義はまだ確立されていません。あらゆるレベルで汚職が進んでいます。

  私たちが直面しているのは、ロシアだけの問題ではなく、人類全体の問題です。ですから私たちは、国際社会の団結を呼びかけています。私たちには支援が必要です。この会議に参加していらっしゃるすべてのみなさんに訴えます。私たちロシア国民は、これからの世界の安全を心配するすべての人から助けを必要としています。いまロシアで起こっていることは、世界の安全を危険にさらしかねないのです。

  どうか、この計画に反対する行動を起こし、東欧諸国、台湾、韓国、スイスの政府に、使用済み燃料を再処理のためロシアに輸送する計画を止めるよう訴えてください。

  私たち「核安全運動」は、核の安全対策の問題に12年間取り組りくむなかで、核兵器廃絶条約の締結が、安全な将来を求める私たちのたたかいの中心になりうるという結論に達しました。


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「被ばく者と連帯しよう」