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ビキニデー

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2012年3・1ビキニデー国際交流フォーラム
チョン・ウクシク(韓国・平和ネットワーク代表)
「北東アジアの核時代:過去、現在、未来」

2012年2月28日
2012年ビキニデー国際交流会議

チョン・ウクシク
韓国・平和ネットワーク代表

 1954年3月1日に行われた最初の実践的な水爆実験を記念するビキニデーにあたり、私たちは世界から核をなくす努力を改めて強化しなければなりません。そのためには日本と韓国の市民社会の協力と連帯がとても重要です。日本と韓国はアメリカによる広島・長崎への原爆投下の最大の被害国であり、両国ともアメリカの核の傘のもとにあるとともに、北朝鮮の核の野望という問題に直面しているからです。
 私は朝鮮の核問題に絞ってお話します。なぜなら朝鮮半島の非核化は、核兵器のないアジアと世界にとって死活的に重要な要素だからです。北朝鮮の核問題を理解し、解決するためには、その歴史的な背景を認識することが必要です。北朝鮮は、朝鮮戦争から現在に至るまで60年以上にわたってアメリカの核脅迫を受けてきた唯一の国です。

60年以上続く北朝鮮に対するアメリカの核の脅威

 朝鮮戦争中、アメリカは原爆の使用や使用威嚇を検討し続けていました。1953年7月、休戦協定が締結された後も、当時のアイゼンハワー政権は「大量報復作戦」を採用していました。これは中国と北朝鮮が再び韓国を攻撃した場合に、アメリカが核で報復するという作戦でした。この戦略にしたがって韓国、日本および沖縄に数千発の核兵器が配備されました。アメリカは米ソ間の冷戦終結後も北朝鮮にたいする核脅迫を続けました。1991年に韓国に配備した核兵器を撤去すると通告し、1994年の米朝枠組み合意で北朝鮮にたいして核兵器使用や使用威嚇を行わないと約束しましたが、それにもかかわらず核攻撃の演習を続けました。もっと心配なのは、ブッシュ政権が北朝鮮を、イラク、イランとともに「悪の枢軸」とよび、先制核攻撃戦略を採用したことです。
 オバマ政権でさえも2010年4月6日に核態勢見直しを発表し、北朝鮮とイランに対しては先制核攻撃の選択肢を維持すると宣言しました。オバマ大統領は北朝鮮とイランに「論外の国」のレッテルを貼り、北朝鮮とイランが現状においては「消極的安全保証」から排除されることを明らかにしました。ロバート・M・ゲイツ米国防長官も先制核攻撃とは、これらの国に対して全ての選択肢が検討されることであると言明しました。 
この核戦略を採用したオバマ政権は、冷戦時代の遺物である先制核攻撃を維持することで、北朝鮮とイランに重大なレッドカードを突きつけ警告しようとしているのです。つまり両国が核の脅威から抜け出したいのなら、核開発を放棄してNPT条約の義務を順守せよ、さもなければアメリカからの先制核攻撃を含めたあらゆる「選択肢」の攻撃を受ける覚悟をしろと言っているのです。
これに基づいて、米国政府は北朝鮮とイラクに対して強硬路線へと政策を転換させつつあります。「強硬で直接的な外交」は、北朝鮮とイランの核問題解決のためにオバマが大統領選挙で掲げた公約のひとつでした。しかし彼に大胆な外交戦略を期待することは難しく、それで今、彼は圧力や制裁に集中しています。一方、北朝鮮はアメリカの核脅迫を口実にして「核抑止」を主張しています。北朝鮮の核を「抑止力」として正当化するとともに、オバマが先制攻撃を主要な選択肢としていることを厳しく批判しているのです。
オバマの北朝鮮に対する先制核攻撃は2005年9月の共同声明に違反すると言えるでしょう。北朝鮮は2003年にNPT条約から脱退しただけでなく、2005年には核兵器の保有を宣言し、2006年と2009年に核実験を行ったことから、アメリカは北朝鮮を核兵器の使用も使用威嚇もしないと約束する「消極的安全保証」の対象から除外しました。
問題は、アメリカの戦略が6カ国協議の共同声明違反であると見ることができることです。この声明は、「アメリカは朝鮮半島には核兵器を全く持たず、核兵器でも通常兵器でも、朝鮮民主主義人民共和国を攻撃あるいは侵攻する意思は全くない」と述べています。この共同声明は北朝鮮がNPT体制から離脱し、核兵器保有を宣言した時期に合意されたものです。北朝鮮が2度も核実験を実施していることから、同国を「消極的安全保証」の例外として扱うことができるという議論は成り立つかもしれません。しかし、北朝鮮の核実験が理由でアメリカが先制核攻撃を選択肢として維持するのであれば、北朝鮮を核兵器国として認知していないアメリカの政策の賛否をめぐって大きな議論が巻き起こることになるでしょう。

バック・トゥ・ザ・フューチャー

 2012年は北東アジアの政治にとって重要な年です。6カ国協議に参加している多くの国が政治的変化に直面する年だからです。北朝鮮は6カ国のうちで最初に政権移譲があった国です。金正日は健康問題を抱えていましたが、彼は活発に活動していました。米韓両国では、諜報機関の役人も含めて多くの人が、金正日があと数年は政権を握っているだろうと見ていました。その彼が突然亡くなったことで、北朝鮮と朝鮮半島の将来は大きな国際問題になりました。近隣諸国が抱いている最大の関心は、彼の末息子の金正恩がスムーズに政権を引き継げるか否かです。専門家の多くは、北朝鮮の権力構造は「金正恩プラス集団指導体制」で安定するだろうと考えています。
 他の国が新しい対北朝鮮政策を確立するのは2013年以降になるでしょう。なぜなら今年は韓国、アメリカ、中国、ロシアで選挙が予定されているからです。しかし、金正日の死と金正恩政権の誕生は、近隣諸国、特に韓国、アメリカ、日本の対北朝鮮政策を再検討させることになりました。その結論がどうなるかは不明ですが、北朝鮮の新政権をどのように関与させるかは極めて重要な課題です。
 2013年もまた歴史的な年です。というのは朝鮮戦争休戦協定60周年、北朝鮮がNPT体制を離脱して20周年にあたるからです。その年に「チャンスの窓」を開くことができれば、2013年は朝鮮半島と北東アジアの非核化にとって新しい転換の年となることでしょう。これが実現するかどうかは韓国、アメリカ、日本が北朝鮮政策をリセットできるかどうかにかかっています。たとえ意味のある前進は期待できないとはいえ、私たちはこれらの国の政府に政策を変えるよう、圧力をかけ、説得しなければなりません。
 先に述べたように、朝鮮戦争は核時代において特別な意味を持っています。さらにアメリカとソ連が核軍拡競争を始めたのも、中国が核兵器開発を決定したのも、韓国と日本がアメリカの核の傘に入ったのも、この朝鮮戦争がきっかけでした。しかし朝鮮戦争はまだ終結したわけではなく、休戦中なだけです。つまり、この休戦体制を平和体制に変えることが、北東アジアの核問題の根底に迫ることなのです。だからこそ私たちは2013年に照準を合わせ、今からこの年を核兵器のないアジアへの転換点にする準備を始めなければなりません。


 
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