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被爆者との連帯【広島・長崎】

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サーロー節子さんの国連作業部会での発言【2016年5月4日】


サーロー節子さん(2015年8月6日、原水爆禁止2015年世界大会・ヒロシマデー集会にて)

2016年5月4日

国連、ジュネーブ

オープンエンド作業部会でのスピーチ

セツコ・サーロー


 71年前、13歳のこどもだった私は広島の原爆を生き延びました。目もくらむ一発の閃光とともに、私のふるさと広島は、学校や近所の人々とともに地表から消え、この世の地獄へと変わりました。まぶしいほどの夏の日の朝は暗い黄昏となり、煙とほこりがきのこ雲となって立ち上りました。地面は死んだ人、傷ついた人々で覆われていました。爆風で裸にされた人々もいました。血を流し、灼かれ、黒く焼けただれ、腫れ上がり、人間だと見分けがつかない状態でした。体の一部を失い、肉と肌とが骨からはがれて垂れ下がり、飛び出した目玉を手のひらで受け止めている人、腹が破裂して内臓が飛び出している人。いまもなお私は、幽霊のような姿で進む身の毛もよだつような人々の列を昨日のことのように思い出します。


 崩れ落ちた建物のがれきから私は奇跡的に助け出されました。爆心地から1.8キロメートルの地点でした。同じ部屋にいた私の級友たちはほとんどが生きたまま焼かれました。爆発直下の市中心部では、全市の学校の7学年、8学年の生徒たち〔訳注:国民学校高等科、旧制中学校、高等女学校の高等科の生徒〕が何千人も、建物疎開の作業をしていました。これらの少年少女たちは、摂氏4000度の熱でそのまま溶け、蒸発し、あるいは黒焦げとなりました。


 大半が非戦闘員の女性、子供、老人だったおよそ36万人の市民のほとんどは、たった一発の原爆による無差別殺りくの犠牲となりました。放射線の影響は、生き延びた人々を今も殺し続けています。そのような先例のない破滅の中を生き延びた私たち被爆者は、これらの非人道的核兵器の絶対に受け入れえない現実について、世界に警告する使命を確信するようになりました。こうして私たちはこの大量殺りくの道具を全面的に廃絶することをこの70年、求め続けてきました。広島・長崎の被爆者も、核実験の被害者も、「生きているうちに廃絶を」との私たちの希望が果たされないまま人生を終えつつあります。しかし私たちは、人類の生存は核兵器の廃絶によってのみ可能であるという確信を失ったことはありません。


 そして、人道的イニシアチブの誕生が、私たちのたたかいの新たな章と人類社会の希望の扉を開くかのように、人々のエネルギーと努力とを励ましています。人道的イニシアチブは、核兵器について私たちがどう考え、議論するかについての枠組みを作り替え、私たちの注意を抑止の軍事ドクトリンから、すべての生きとし生けるものと環境に及ぼす核兵器の実際の影響へと向け直しました。私たちは、このオープンエンド作業グループが実りある前進を遂げ、核兵器を禁止する新たな法的拘束力を持つ文書の交渉の舞台を創りだすよう祈っています。


 この会場の外には、嫌というほどわかっている人道上の影響についての目に見える例があります。原爆で消えた私の級友の名簿です。4文字ないし5文字で人ひとりの名前となりますが、私の学校からは351人です。若い元気な女の子たちが、1945年8月6日朝8時15分のその瞬間まで笑い、おしゃべりをしていたのです。一人一人が名前を持ち、誰かに愛されていたのです。彼女たちは、溶け、蒸発し、焦げて炭となった何千人のうちの351人です。このバナーが、犠牲者をたんに数としてではなく現実の人間として捉えるのに役立つことが分かりました。


 月曜日にルイス博士が言ったように、事故や計画による核兵器使用の蓋然性を理解することは困難ですが、私たちは、その蓋然性がゼロではないことを知っています。Проекты домов З500 - проекты домов с гаражом в Киеве 結果を理解することは、とりわけ私たち被爆者にとって難しいことではありません。しかし生き残った人たちにとっても、現在の核兵器が生み出す桁違いの規模の恐怖は、想像を絶するものです。


 また、月曜日、私は日本政府が核の傘をひき続き擁護し正当化したことに、被爆者として愕然としました。国内でも私たちの政治指導者たちは皆、同じ決まり文句をくりかえしています。その人たちは「唯一の被爆国として、われわれは軍縮の行動の先頭に立たなければならない」といいます。にもかかわらず、日本政府も他の核軍事同盟諸国もこれらの進展を妨げています。例えば、広島市が象徴として特別の意味を持っているにもかかわらず、最近のG7の外相の訪問と宣言は、被爆者の核軍備撤廃の訴えに応える具体的措置には至りませんでした。被爆者だけでなく圧倒的多数の日本国民も核兵器の廃絶を熱烈に望んでいるのです。私たちは「見捨てられた」という強い印象を抱いています。


 私たち被爆者は、「核兵器を使った唯一の核保有国として米国は行動する道義的責任を持っている」とのオバマ大統領のプラハでの声明に感動しました。いま、私たち被爆者は、オバマ大統領が今月末、最初の米国大統領として広島を訪れるか、その報を待っています。しかし、米国はこの会合には代表さえ送ることができていません。そのどこに道義的責任やリーダーシップがあるというのでしょう? 私たちはみな軍縮を現実にする方法を見出すためにともに活動すべきです。そしてもっとも適切な方法は、ここに出席している多数派の国々、人道の誓約に賛同した127の国々によれば、核兵器の禁止へと前進することです。


ありがとうございました。



 
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