2007年原水爆禁止国民平和大行進の通し行進者を紹介します。
東京−広島コース通し行進者
竹田昭彦さん
【決意】
私が3歳半の時に父が戦争に招集され、9ヵ月後の1944年7月、中国湖北省で戦死しました。私は父の面影を知りません。残された母と4人の姉弟は、住居を転々としながら食べる物も無い悲惨な生活を強いられました。母は「戦争さえなかったら」と口癖のように言っていました。私は、「戦争はいやだ」「悲惨な生活はいやだ」、との思いを強くもってきました。私には日本が犯した15年間の戦争で亡くなった日本の人々310万人、アジアの人々2000万人の「戦争はいやだ」「平和でありたい」との叫びが聞こえてきます。その願いが、日本国憲法第9条に実現したものと思います。
いま、北朝鮮の核兵器保有をめぐって「日本も核兵器をもて」などと不穏当な言動も出ています。私は、憲法9条を守り、核兵器保有の二重基準の欺瞞性を廃して、すべての核兵器の廃絶こそが、日本の安全と戦争のない平和な世界へつながる道だと確信しています。
平和行進では、憲法改悪に反対し、全ての核兵器の廃絶と戦争の無い平和な世界が、一日も早く実現することを訴えます。
【竹田昭彦さんのプロフィール】
◇氏名 竹田 昭彦(たけだ あきひこ)
◇性別 男
◇生年月日 1940年5月31日(66歳)
◇所属団体 平和を願い戦争に反対する戦没者遺族の会(平和遺族会)
電話・FAX03−3957−7941
◇推薦団体 平和を願い戦争に反対する戦没者遺族の会(平和遺族会)
◇行進参加の経験
2001年 北海道→東京コース(太平洋側)
2002年 北海道→東京コース(内陸側)
2003年 富 山→広島コース
2004年 長 崎→広島コース
2005年 沖 縄→長崎コース
2006年 宮 崎→広島コース
北海道→東京コース(太平洋側)通し行進者
浅田健司さん
【決意】
2002年3月、堺市役所を退職してから毎年通し行進に挑戦しています。“核兵器なくせ”の願いを込めた平和行進の続く限り、歩き通す決意です(2001年4月20日、他界した亡妻との約束でした)。
【浅田健司さんのプロフィール】
◇氏名 浅田 健司(あさだ けんじ)
◇性別 男
◇生年月日 1942年3月22日(64歳)
◇所属団体 大阪和泉平和委員会
◇推薦団体 国民平和大行進大阪実行委員会
◇行進参加の経験
2002年 和歌山→広島
2003年 東京・神奈川・大阪
2004年 静岡・愛知・大阪
2005年 岐阜・滋賀・京都・大阪
2006年 沖縄→広島
|
|