原水爆禁止2004年世界大会
国際会議
ロシア
アイグル(チェリャビンスク核被害者団体)、議長
ミーリャ・カビロワ
核兵器廃絶をめざす国際会議にご参加のみなさんにごあいさつ申し上げます。また招待していただき、発言の機会をあたえてくださった実行委員会の方々にお礼申し上げます。
広島と長崎への原爆投下の被害者を追悼するこの会議には何度か参加してきました。私は、日本のみなさんが経験した痛みをよく理解できます。1945年、日本は原爆投下という恐ろしい悲劇を生き延びました。それは核の時代の到来を意味するものでしたが、他の人びとへの教訓とはなりませんでした。
今年の8月29日は、ソ連が初めて核実験をおこなった日から55年目の日です。これを契機に私たちは、20世紀に起こったあの恐ろしい瞬間がなんであったのかをより深く認識したいと考えています。この核実験は核開発競争の引き金となり、人類史上おこなわれたどんな行為より多くの財産と命を奪い去り、将来の何世代もの子孫をもって解決しなければならない環境破壊をもたらしました。
この日私たちは、核開発をすすめるための都市と工場の建設に携わり命を落とした、何万人もの名もない囚人や兵士たちのことを思い起こします。
この日、自分自身の健康、子どもたち、孫たち、未来の世代の健康を憂慮している私たちは、アンドレイ・サハロフが残した恐ろしい言葉を想起します。彼は、1キロトンの核兵器が大気中で爆発した場合、世代を超えて5万人の命が奪われると推測しました。何千年にも渡り、何百万もの人びとが放射性物質に汚染された環境で、姿を消す運命を背負うというのです。
核戦争から世界を守るために核の盾をつくったのだと、私たちは説明されています。アメリカ人もまた同じような説明を核の英雄から聞かされています。その人たち対し、アメリカ人とロシア人は同じ疑問を抱いています。「3万のアメリカの核兵器、4万のロシアの核兵器をどう使うつもりだったのか?」と。
こんな疑問も抱いています。「5つの核大国、保有したばかりの3ヶ国、そして核保有国になろうとしている多くの国にとって、1996年の国際司法によって使用は違法であると判断された兵器を製造することは、それほど値打ちのあるものだったのか?」
核軍拡競争というかまどで焼かれた、信じがたい数の人的資源と物的資源が、世界的な問題解決のために使われていたなら、気候の変化、オゾン層の破壊、森林破壊、砂漠化、廃棄物、生物多様性の喪失、飢え、飲み水の不足、非識字や病気などの問題に苦しまずにすんだことでしょう。この資源は、こうした問題を解決するほど膨大だったでしょうし、火星への宇宙飛行や、月や深海の探索、世界の文明の発展にも役立ったはずです。
先代の指導者の選択は、世界と私たちの国を放射能物質による死の道へと導きました。過ちを繰り返してはなりません。利益のために、神話上の政治的目標を達成するために現在の指導者たちに無謀な核軍拡競争を続けさせてはなりません。
世界の政治指導者たちは、破壊力を増す核兵器を製造するのではなく、そろそろ、共存する術を学び、問題の平和的解決の有効性を競い始めてもよい頃です。これが60年前にはじまった核軍拡競争の最大の教訓です。
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