原水爆禁止2004年世界大会
国際会議
カザフスタン
国際反核運動ネバダーセメイ
こんにちは。
親愛なるみなさん!
心からの喜びとともに、会議参加者のみなさんにあいさつを送ります。
このように重要な国際会議に参加するようご招待いただいた実行委員のみなさまに、深く感謝申し上げます。
私たち2人の代表団は、カザフスタンのセミパラチンスク市からやってきました。セミパラチンスクでは、1949年から1989年までさまざまな核兵器実験がおこなわれてきました。1949年8月29日には、ソ連で初めての核爆弾の実験がおこなわれ、1953年8月12日には熱核爆弾が実験されました。このあいだに、地下、地上および大気圏での核爆発がありました。その期間中、セミパラチンスク地域の住民は放射線の被害にさらされてきました。水や土地など、実験場の敷地が汚染されました。
セミパラチンスク市は、カザフスタンのもっとも古い街の1つで、国の文化の中心地です。ここからアバイ、アウエゾフといった多くの偉大な思想家や詩人が誕生しました。まさにここで、1989年2月に反核運動「ネバダ−セミパラチンスク」(「ネバダ−セメイ」)が創設されました。この運動を立ち上げたのは、核実験の被害を受けたセミパラチンスクの市民たちでした。この世界的に有名な運動の先頭に立ったのは、カザフスタンの詩人であり作家であるオルザス・スレイメノフでした。この運動の戦略的目標は、世界中の核実験を終わらせるために不断にたたかい、被害者たちの法的、社会的、医療面での保護をおこなうことです。
ここ数年間、「ネバダ−セミパラチンスク」は、国際会議や平和行進、大会、その他の市民レベルでの反核集会など、広範な行動に取り組んできました。
活動するさい、「ネバダ−セミパラチンスク」は原水協、グリーン・ピース、国際反核医師の会、世界保健機構などの組織と緊密に連携しています。
「ネバダ−セミパラチンスク」やその他の市民団体、諸政党は、「セミパラチンスク実験場での核実験で被曝した市民の社会保障にかんする」カザフスタン共和国法案を準備する活動をしています。
しかし、私たちセミパラチンスク市民にとっては、「放射線被害からの保護にかんする国際法」が必要です。
国際法には、核実験被害住民のあらゆる権利が反映されなくてはなりません。その権利には、被曝者自身だけでなく、その子孫たちの医療面、社会面および精神面でのリハビリ、また、環境と土地の回復、住民の金銭的保障も含まれます。この法律を各国政府に厳しく遵守させ、地域でそれが実行されているかを監視しなくてはなりません。
この国際法をつくることに、みなさんも参加してください。力を結集させ、善意を発揮させることを呼びかけます。
セミパラチンスク地域住民の医療保護に、1997年に創設されたセミパラチンスク家庭医協会が積極的に参加しています。この協会の目的は、身体的にも精神的にも市民を健康にし、核実験場による近隣住民の健康への悪影響を予防し、腫瘍疾病(がん)の早期発見に努め、自己の健康管理に住民を積極的に参加させることです。協会の戦略的な課題は、家庭医学研究所を発展させ、住民の健康状態にたいする個人、国、医療専門家の共同責任を確立することです。
私たちの街での反核運動には、次々に市民団体が参加してきています。そのなかには、1人暮らしの老人や重度の障害者といった社会的弱者の問題に取り組んでいる団体もいます。
あらゆる社会団体が核のない世界のために力を合わせています。私たちは、国際諸団体との協力を希望したいと思います。
ご清聴ありがとうございました。
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