原水爆禁止2002年世界大会・広島
安斉 育郎
主催者報告
原水爆禁止2002年世界大会・広島にご参加の皆さん。
私たちは、今、57年前に人類史上初めて「核の地獄(nuclear holocaust)」を目撃した都市にいます。それは、1945年8月6日朝8時15分のことでした。テニアン環礁から飛来した爆撃機が9000メートル上空から1発のウラン原爆を投下しました。朝凪の時間帯に投下された原爆は43秒かかって地上570メートル付近で炸裂しました。爆心は、私の位置から見ると、この方向に当たります。なぜ地表面ではなく上空で爆発させたのかと言えば、この規模の爆発威力の核兵器の場合、マッハ効果(Mach effect)と呼ばれる効果のために地上600メートル付近で爆発させた場合に衝撃波による破壊効果が最大になるのです。威力はダイナマイト級の高性能火薬にして3トン済みトラック5000台分。爆心から500メートルに位置するこの体育館付近では、秒速280メートル、時速約1000キロメートル(620マイル)の爆風が吹き抜けました。人々は爆風で吹き倒された建物の下敷きになり、熱線で生きながら焼かれていきました。国際会議初日に被爆者報告を行なった日本被団協事務局次長の小西悟さんは、被爆者のこの世の人とも思えぬ姿を「白くぷよぷよに煮えて膨らんだ豆腐」に譬えました。しかし、原爆は単なる巨大な爆弾ではありませんでした。それは、人類が経験したことのない得体の知れない「放射線の恐怖」をもたらし、その後遺症は現在まで続いて、世代をこえて被爆2世・3世にまで不安を与え続けています。57年前にここ広島の地で被爆者が目撃したことは、核兵器の廃絶を願う人々はもとより、核兵器を政治の道具として弄ぼうとしている人々にも、事実のままに伝えられなければなりません。
しかし、残念ながら、広島・長崎での被爆者たちの経験は世界に十分知らされなかったため、核兵器開発にとどめを刺すことができませんでした。戦後直ぐに本格的な核兵器開発に着手したアメリカは、4年後にはソ連との核軍備競争にのめり込み、1954年3月1日のビキニ環礁での巨大な水爆実験で三たび日本人の命を奪う結果を招きました。その水爆の威力は、第2次世界大戦で世界中の国々が使ったすべての砲爆弾威力の合計の6倍にも達し、広島原爆の1000倍に相当するものでした。半年後、日本の漁船・第5福竜丸の無線長だった久保山愛吉さんは死に追いやられ、以来、23人の乗組員の過半数にあたる12人が命を失いました。日本人の憤りは国民的な原水爆禁止運動に発展し、翌55年、第1回原水爆禁止世界大会が開催されました。その流れは47年間の時を経て、今日ここに参集している私たちに連なっています。47年間に渡る絶えることのない運動は、国の内外に核戦争阻止、核兵器廃絶を求める声を沸き上がらせ、広島・長崎が繰り返されるのを阻止してきました。
私たちは、今、原爆被爆者や世界の核兵器被害者の非人間的な体験をもとに、「人類は核兵器と共存すべきではない」という信念を固め、21世紀のできるだけ早い時期に核兵器を廃絶する決意を新たにしています。
私は、8月2日から本日午前中にかけて開催された国際会議が満場一致で採択した「宣言」を紹介しながら、この世界大会に寄せる主催者報告に代えたいと思います。
国際会議は、今年の世界大会のメインテーマ「核兵器のない平和で希望ある世界を−国際的連帯と共同を広げよう」のもとに設えられた3つのサブテーマに沿って、内外268人の参加者を得て活発な論議を展開しました。6人もの国家元首からメッセージが寄せられたことは、この大会が大きな期待の中で開催されたことを示しています。全体討論と分科会討論を通じての論議の成果は、本日午前中に採択された「国際会議宣言」に集約されていますので、お手元の「国際会議宣言」をご覧下さい。
「宣言」は、第1項目の冒頭で、「この半世紀余、人類の生存と平和を願う世界諸国民の運動は、核戦争を防ぎ、核兵器廃絶の世界的な合意をつくりだしてきた」と述べ、核戦争阻止・核兵器廃絶の運動の大局的なうねりを確認しました。そして、「『新アジェンダ』諸国や非同盟諸国の努力により、核不拡散条約(NPT)再検討会議で、すべての核保有国が核兵器廃絶の『明確な約束』に合意し、国連総会でも核兵器廃絶交渉の開始を求める決議が採択されるなど、国際政治の場でも重要な前進を生みだしてきた」と総括しています。
ところが、「この一年、世界は、『9.11』テロと報復戦争という悲しむべき事態を目撃した」と述べ、核超大国アメリカが、これを契機として核兵器使用を企て、世界に深刻な脅威をもたらしていることを指摘しています。また、1998年に「核保有国となったインド・パキスタン間の軍事緊張の高まりにも危惧が広がっている」ことを憂慮し、「地球上にはいまなお3万発の核兵器が存在し続けて、人類の生存を脅かしている」と述べています。そして、「核兵器の使用を封じ、核兵器廃絶の約束を実行させることは、21世紀の今を生きる人々の共通の課題である」と提起しています。
そして、「宣言」はその第2項目において、アメリカとインド・パキスタンの危険の内容をさらに具体的に指摘しました。まず、アメリカのブッシュ政権については、アメリカ政府が、世界の核兵器廃絶の声に逆らって、核兵器の先制使用をもくろみ、弾道弾迎撃ミサイル(ABM)制限条約の破棄、包括的核実験禁止条約(CTBT)の批准拒否、ミサイル防衛計画の促進などの新しい核政策を打ち出し、絶対的な核戦力の優位をうちたてるとともに、非核保有国を含む7カ国への核攻撃を想定した有事計画の策定や、地下施設を破壊するための小型核兵器の開発など、覇権主義的な政策を進めていることを批判的に指摘しました。ご承知の通り、ABM条約というのは、相手が打ったミサイルがこちらに到達する前に全部打ち落として完璧に防衛するようなことを禁止した条約です。いわば、相手が核攻撃を仕掛けたらこちらも防ぎきれないようにしておくのです。そうすれば、こちらが核攻撃すれば相手が報復攻撃をし、結果としてこちらもやられてしまうので、相手に対する核攻撃を思い止どまるだろうという考え方を基礎にしています。ところがアメリカはこの条約を破棄し、ミサイル防衛態勢を整えて、相手が打ったミサイルを片っ端から打ち落とす態勢−つまり、絶対負けない態勢、逆に言えば、一方的に勝つ態勢を作ろうとしているのです。包括的核実験禁止条約にしても、当初は、核爆発実験を禁止されても「未臨界核実験」があれば核兵器開発ができると考えていたようですが、やはり新型の核兵器を開発するにはそれでは不十分だというので、一旦は調印した条約を批准しないと言い出し、逆に地下核実験を再開する意向さえ示しているのです。アメリカが身勝手に「わが道を行く」路線を取っていることは、1997年の地球温暖化に関する京都議定書(いわゆるCOP3)や、国際刑事裁判所づくりの過程での骨抜き工作などにも表れていますが、約束を反故にして強いアメリカ作りに躍起となる姿は尋常ではありません。
「宣言」は、アメリカ政府が、「本来、国際社会の一致した努力で解決すべき『テロ』『大量破壊兵器拡散』の問題を口実に、国際法や国連憲章などの諸原則も踏みにじって、核兵器使用を含めた先制攻撃の準備をすすめている」ことも批判し、そうした行動は、国連が「核兵器使用は人道に対する犯罪」であるとして、その禁止を求める決議を採択してきたことや、国連安全保障理事会がアメリカも含めて「核兵器を使用するいかなる侵略も、国際の平和と安全を脅かす」という考えのもとに「核兵器を持たない国々の安全を保障する」ことを決議しているなどといった国際的な約束をも捨て去るものであると糾弾し、アメリカの同盟国も含めて全世界の政府と人々から非難と憂慮の声が上がっていることを指摘しています。
また、「宣言」は、カシミール地方の国境紛争をかかえて殆ど半世紀に渡って対立してきたインドとパキスタンが、核兵器使用の危険性をはらみながら軍事対立を深めていることを憂慮し、その平和的解決を切実に要求しています。
次に「宣言」は、その第3項目において、「核兵器廃絶の実現」は、特定の国による「一国支配」を許さず、民族自決、主権平等、紛争の平和的解決など、国連憲章に定められた平和秩序を確立する上でも、きわめて重要であるとの認識に立ち、核保有国に以下のことを要求しています。すなわち、「核兵器先制攻撃政策を放棄し、核兵器の不使用を宣言すること。新型核兵器の開発、ミサイル防衛計画、核実験の再開をはじめ、あらゆる核軍備の増強や核戦争態勢の強化を中止すること。さらに、すべての核保有国は、核兵器廃絶の約束を実行すること」であります。そして、国連と各国政府が、核兵器の廃絶こそが核兵器の使用(つまり、核戦争)を防ぐ「唯一絶対の保証」であるという合意をしっかりと想い起こし、「核兵器全面禁止・廃絶国際協定」(核兵器全面禁止・廃絶条約)を実現するために、ただちに行動することを要求しています。そのことを可能にするために、「宣言」は、「世論と運動を圧倒的に強めること」を、世界のすべての人々によびかけています。
次の第4項目では、「宣言」は、日本政府の責任を追及しています。恐ろしいことに、被爆国・日本の政府の首脳は、ブッシュ政権の先制核攻撃政策を「選択肢の一つ」と容認し、「核兵器をもたず、つくらず、もちこませず」という「非核三原則」の見直しにさえ言及するなど、許しがたい事態が生まれています。実は、日本政府は、「世界の平和と安全は核兵器を含む軍事力によって保たれている」という「核抑止論」の立場に立っており、「広島・長崎への原爆投下も含めて、核兵器の使用が国際法違反だとは言い切れない」という見解をとり、「自衛のための最小限度を超えない限り、核兵器の保有も使用も憲法違反ではない」と表明してきたのです。これが「唯一の被爆国」の政府だというのですから、驚き以外の何物でもありません。
おまけに、日米軍事同盟のもとで、沖縄をはじめ日本各地に100カ所余りもある米軍基地は、「テロ対策」を理由に先制攻撃戦略の最前線基地とされているのです。日本政府がすすめようとしている有事法制は、まさにアメリカのこうした戦略に日本を組み込み、自衛隊の海外での武力行使に道を開くものであり、国民の大きな反撃を受けたのは当然のことと言うべきでしょう。
「宣言」が指摘しているように、核兵器廃絶を訴え、戦争への動きに反対し、憲法第9条を守ろうとする日本国民の運動の前進は、世界の反核・平和運動を発展させるためにも、国際的責務となっていると言うべきでしょう。
「宣言」は、続く第5項目において、「原爆が広島と長崎にもたらした惨禍と、今日なおつづく被爆者の苦しみは、核兵器使用の非人間性を告発し、核兵器は廃絶する以外にないことを教えている」という認識を示しています。現在なお、多くの原爆被爆者や、核実験などの核兵器開発に伴う世界各地の被害者が、補償や援護施策の改善を求めてたたかいながら、思いおこすのもおぞましい苦しみの体験を人々−とりわけ若い人々に伝え、核兵器を一日も早く廃絶して欲しいという願いを伝えようと決意を新たにしています。この思いをしっかりと受けとめ、連帯をさらに強め、原爆被害と世界の核兵器被害の実相を人々に知らせるため、証言活動や原爆展など創意あるとりくみを全世界で進めることが極めて重要になっています。被爆者の平均年齢は70歳を超えています。若い参加者の皆さん、どうかそれぞれの地域や職場や学園で、被爆の実相を伝える活動に活発に取り組んで下さい。
さて、「国際会議宣言」は、最後の第6項目で、広範な共同の課題を提起しています。核兵器廃絶は人類の最も普遍的な事業です。思想、信条、宗教、国籍の違いをこえ、公正・平和・民主主義を基調とする新しい世界秩序をもとめ、飢餓・貧困・対外債務の解決、地球環境の保護などのためにたたかっている諸国民の運動と大きく連帯しなければならないでしょう。こうした認識に立って、「宣言」は最後に「われわれは、核の暴力が人類を破局に導くものにほかならないことを知っている」と述べ、「いまこそ、核兵器のない平和な世界を築くため力をあわせて前進しよう」と結んでいます。
皆さん。今日の国際会議の閉会総会の第2分科会報告で、「憲法12条」の重要性が改めて提起されました。「この憲法が保証する自由と権利は、国民の不断の努力によってこれを保持しなければならない」−これが憲法第12条です。憲法前文は「平和のうちに生きる権利」を述べ、憲法9条は、国際紛争を解決する手段としての戦争を放棄しています。しかし、今、好戦的なブッシュ政権と相合い傘で戦時法制づくりに突き進む小泉政権は、この憲法の平和的規範を大きく侵犯しようとしています。いまこそ、憲法第12条の憲法的義務−平和のうちに生きる権利を国民自身の不断の努力で保持する義務−これを立派に果たそうではありませんか。
大会参加者のみなさんが、分科会の討議などを通じて、核兵器廃絶の運動の発展のために自分に何ができるかを考え、主体的に活動されることを期待して、主催者としての報告を終わります。
ノーモアヒロシマ、ノーモアナガサキ、ノーモアヒバクシャ!
2002年8月4日
原水爆禁止2002年世界大会国際会議