原水爆禁止2002年世界大会

国際会議

カザフスタン

核実験被害者同盟「アイリス」 プログラムコーディネーター

ナシグル・スッティバエバ

御参加のみなさん、日本の友人のみなさん、

 日本という、日の出づる国で行われる大会に参加でき本当に光栄です。私は、1945年に被害を受けた町を訪れ、そこで原爆によって亡くなった方々を追悼するためにこの国にやってきました。

 私はセミパラチンスクに住み、働いています。私たちが、被爆地である広島や長崎を知っているように、日本のみなさんもセミパラチンスクをご存じだと思います。私は、核実験被害者同盟「アイリス」の代表です。

 よく知られているように、1949年から1989年の間に、カザフスタンのセミパラチンスク核実験場では470回の核爆発実験が行われました。その内訳は、大気圏爆発が90回、地上が26回,そして地下爆発が354回でした。地上と、大気圏中の爆発実験は1963年まで行われました。これらの爆発は、カザフスタン地域に放射能汚染をもたらしています。核実験場(Polygon)は閉鎖されました!しかし、セミパラチンスクの地における悲劇は今日もなお続いているのです。

 わたしたちの組織の目的は、実験の被害を受けた家族、特に子供達を助けることです。この組織で働いて、私は、母親の様に、子供達の病気やその母親の苦痛を黙って見ていられません。わたしたちは、そういった家族を助けるため、病気の子供達を、医学的な治療を受けるため、ロシアやドイツといった外国に送っています。その他には、若者むけに環境問題を教えるクラスを幾つか開いています。共和国間にまたがる組織であるわたしたち核実験被害者同盟は、オランダの人道的機関ヒヴォスの援助を受け、「女性の健康は国家の健康」というプログラムを進めています。私たちは、実験場に隣接している3つの地域を視察しました。核実験の重大な影響がカザフスタンの未来の世代に起こるであろうと確信しました。現在わたしたちは、日本の諸組織からもっとも強い精神的、物質的支援を得ています。

 私は、日本の人々と、原水協に大変感謝しています。今日の会議には、地球上の人類の運命に強い関心を持つ世界各国の代表団の方々が参加しています。

 しめくくりに一言申し上げます。「団結すれば、われわれは決して負けはしない」。